らん。ジッとイノチを狙っているね。そういうのが三十や五十はあるだろう。なにしろ、本来の持主と一しょに、土の下の古墳の石の部屋の中にある石の棺の中に千年も二千年も眠っていた品々だからね。一枚の石のフタが四畳半はタップリある奴を五枚も十枚もならべた下に二千年も眠っていたのだ。怒っているよ。病人を殺した短剣だって、墓の中から出てきたものかも知れない」
 こうおどかされて、警官も単なる人殺しの現場以上に妖気がこもっているのに気がついた。人殺しなんてものは警官にとっては便所のようにありふれた物にすぎない。死んだ病人のウミの方が死人よりもイヤだ。同じ便所にしても健康人のそれが病人のそれよりも感じがいい。けれども要するに便所そのものは有りふれている。しかしこの現場には有りふれていない何かがあるらしい。その妖気に気がつくと、にわかに川田に威厳がこもって彼自身が妖気を放つ一人の偉人の如くに見えた。
 それと気がついた一人はナミ子であった。ナミ子は平凡な女だ。平凡な観察しかできなかった。しかしナミ子はこの人殺しを彼らが発見した直後の異様さは忘れることができなかった。その場には、ナミ子と川田とオトメの三人がいた。元々異様なオトメがそのとき更に異様な表現を示したのはフシギではないが、その異様さはいかにもただの異様さだった。川田の示したものと比較ができてそれが分った。ナミ子は思いだして人々にこう語った。
「殺されてる人のことに川田さまの注意がむけられてたのは一分足らずだったわ。私が気がついたとき、あの方の見ていたのは人ではなくて、人の周囲の物だったわ。殺された人を見ている目よりも真剣に見える目の色だったの。そして、燭台をかざしてグルグル歩いて一ツ一ツ見て廻ったわ。人殺しにとりのぼせて鵞鳥の喚くような声でオイノリしているオトメ婆さんなんてつくづく平凡でダラシがないと思ったのよ。ノッシノッシ一廻りしてきた川田さまの顔は静かなタダの顔でした。静かなタダの顔の怖しさが身にしみたのよ」
 妙子はこの言葉をきいてビックリした。その静かなタダの顔がアリアリと目の前に見えるように思われた。川田は銀行家だ。人殺しも血も墓から掘りだした美術品も人骨も、十円札と同じように一枚々々数えているタダの顔なのだ。
 殺された全作やその弟の大伍は、同じ十円札をかぞえても、銀行家のようにタダの静かさではない。人生万事にもっとダラシなく喜怒哀楽がこもっている。人々に呪われて生きていた全作は人を凍らせるように冷い人間だったが、殺されて冷くなったせいか、彼の冷さの凄味が甚しいものでないことが妙子に分ったような気がした。冷く見える冷さはタカが知れている。
 大伍は彼の職務の本体がなくなったから、便器を中心に一意精励努力する焦点がくずれて、その虚脱を最も象徴的に示しているのが鼻ヒゲだ。彼はもう川田のように妖気や威厳をおびて歩くことはできない。彼が昨日まで歩いていた部屋には川田が歩いている。そして彼自身は女中部屋でウタタネしていた。
「主人が死んでも女中はヒマをだされるとは考えていないな。女中は家についてる動物だ。犬は主人につき、猫は家につく、ところでオレは犬に似ている。葬式がすむと、新しい主人を探さなければならない」
 大伍はねころんで呟いた。
「オレの主人を誰が殺したか。そんなことはどうだっていいや。ただ彼が死んだということはオレ自身の問題だが、死んだ奴が地獄か極楽へ行くのにくらべて、オレの行先はハッキリしないな。ただこのウチがオレの住宅区域でなくなったのは疑えない」
 病人の家から家に無限の職場がつづいている成子にはこの心境は無縁であった。そこで成子は考えていた。
「この初老の浮浪児は楽天的だが、ウワベに見せていることと、腹の底とは違っているようだ。川田に妖気があるなんて、つまらない。ナミ子に見える妖気なんて、ちッとも凄味はありやしない。やっぱり人を殺すのは静かなタダの顔ではなくて、オトメのような気違いがやるのだ。その一瞬間には、そうでなければならない。外科の先生が患者の片足をノコギリで斬り落すようなタダの静かな顔で人殺しはやらない。勤務時間中は一意精励マイシンしている鼻ヒゲ男が昨日に限って二時ごろから七時までヒルネをしていたのは奇妙だが、ほんとにヒルネしていたのかしら。この男は何かを偽っているに相違ない」
 しかし、この時間には同時に成子もねていたのだ。そして彼女以外の女たちは、成子の疑問に答えてたちどころにこう証言したであろう。初老の鼻ヒゲ男は疑いもなくその時間には大イビキでねむっていた、と。むしろ成子がその時間に寝ていたことの方が人々には信じる根拠がない。十一時三十分にナミ子に叩き起されてから彼女が再びねたかどうかは誰も見ていやしないのだ。
 新十郎一行は午すぎに到着した。

    
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