ゼニをだせ」
 よその女房を五ツ六ツぶんなぐって髪の毛をつかんでひきずりまわした。やりつけてる手法である。ついでに亭主の横ッ腹を蹴り倒してクビをふんづけてタタミにこすりつけた。合わせてオトメ一人ぶんにすぎないのに、オトメは鼻血しかださないが、この夫婦はゼニをだした。その代りそれを握って居酒屋で飲み直していると、巡査がきてブタ箱へぶちこんでしまった。
 そのときオトメがこう証言した。
「酔ってワケが分らなくッて自分のウチをまちがえたろうですッて。とんでもない。ウチには三十年間お金もお米もあったタメシがありませんや。人様のウチと知ればこそ、ヤイお金をだせ、と立派なことが云えるんですよ」
 一点非のうちどころがない論証であるから、めでたく、主税は獄屋へ送られた。目下入獄中であった。オトメの立腹は当り前だが、三十年もこらえていたのが何のためだか分らない。子供の君太郎が三十だから、まさに三十年じゃないか。君太郎はオヤジにせびられるおかげで女房も貰えなかったが、オヤジが入獄したのでオトメの手をおしいただくようなこともしなかった。
「今日から親でもないし子でもない」
 と云って、どこかへ立ち去ってしまった。オトメは自分一人では食うことができない。面倒を見てもらいに全作にたのみにきたが、会ってもくれないから、ドア越しに、
「私はこのうちの長女、お前の姉さんだぞ。オノレ祈り殺してやるから覚えてろ」
 ドアをぶッたり蹴ったりして帰った。一人じゃ生きて行けないから、大霊道士のところへころがりこんだ。道士は霊界と自在に往来通話ができる人の由で、オトメは十年も昔から信心していた。教祖の膝下に身を投じたから、悟りをひらいたのか、ちかごろは三日にあげず全作を見舞って、
「神様に祈って病気を治してあげるから、会っておくれ。顔を見せてくれなければお祈りもきかないよ。たちどころに病気が治るからさ」
 相変らずドア越しであるが、来るたびに声が優しくなるばかり。このさき益々声が優しくなるかと思うとゾッとするようだ。
 この一心不乱の志願者にくらべれば、弟の大伍が便器を捧持して往復する姿などには第一霊気の閃きがない。
「祈ってもらえばいいのに。退屈な病人だ」
 見るもの聞くものが妙子の気に入らなかった。しかし、まさか全作を殺すような気性のスッキリした人物がこの邸内に居ようとは考えていなかったのである。もっと
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