思いついたことを訊いてみると、
「そうだ」
 と答えただけだった。彼の方から一度こう訊いた。
「旦那の病気は何だね。ウミの匂いがプンプンする」
「オヘソのあたりや腰や股に銅貨ほどもある孔がいくつもあいて、絶え間なしにウミがにじみでているんですッて。ウミの匂いが強くなると香水をまくんだけど、今日は香水をまいてないのね」
 会話はそれだけで全部であった。塀に沿うて半周して門の前で別れた。伊助はまた頭をペコンと下げただけで振向きもしなかった。
 ナミ子が二階へ戻ると、控えの間から立ち去る大伍とすれちがった。
「旦那様はお疲れだ。これからようやくお寝《やす》みだから、誰も近づけてはいけないよ。三四時間はオレに用がなかろう。オレも早起きしたから、ねむたくなった。オルゴールがなるまでお部屋に入らぬがよい」
 言いのこして彼は去った。まったく旦那はお疲れだろうとナミ子は思った。七時からの三四時間は熟睡のオキマリだが、それを起きていたのだから、当分はお目ざめがあるまい。時計を見ると、十時ちょッとすぎたところ。ふだんなら大伍の御出勤時間。本日はアベコベだった。
 当分お目ざめがあるまいと確信のせいか、本を読んでるうちについウトウトしかけたり、ふと気がついて本の続きを読んだりした。ウトウトしたと云っても、二三分間のことだ。安心はしていても、ナミ子は役目を忘れなかった。その心がけを見こまれて全作が特に係りに選んだのだ。ナミ子はその責任も感じていた。だからウトウトしても物の気配を感じる程度に、浅く、また短かかった。
 思いがけなくオルゴールがなった。ちょうど時計が十一時をうってるところだった。一時間しかたたないのに、もうお目ざめかとナミはおどろいて立ち上った。習慣はこういうものだ。七時にねて十一時に目をさます人は十時にねても十一時に目がさめる。ナミ子はドアへ走った。
 ドアにつづく壁際に小卓があって、成子のカギはいつもその上に置かれていた。勤務時間が終ると、成子は自分のカギをそこへ置き残して去る。ナミ子はカギを持たないからだ。
 カギは二ツあった。一ツは大伍が持っていた。大伍はカギを肌身離さなかった。
 小卓の上を見たが、ある筈のカギがない。ナミ子は卓の下を探した。それから、部屋中を探しまわった。オルゴールが同じ歌を六七回もくりかえして鳴りやんだのに、カギが見当らない。
 ナミ子の胸は
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