く突ッ走れるかよ」
 新十郎は花廼屋に声援した。
「あなたの探偵眼はどうやら田舎通人の域を脱しましたね。調べてみると、天狗の面をかぶった奴が大きに街道を歩いているのを見た人が居るかも知れませんよ」
 賀美村へ戻って記録を集めて調べてみると、定助の屍体のところにあった品々は伊之吉の言った通りの物であった。そして、そのほかの物がなかった。もっともノンキな昔のことだから、それらの品々の行方は分らなくなっていた。
 その日の夜になると新十郎が姿を消してしまった。いつまで待っても帰らない。ところが一同が目をさましてみると、新十郎はチャンと戻っていた。
 一同の顔が揃うと、新十郎はうしろに隠した両手の品々をそッととりだして一同に示した。右手には猿田の面が、左手には神の矢が握られていた。
「狼の足を持たない山の素人が夜の明けないうちにオーカミイナリを往復するのは大そうな重労働だ。全速でやったツモリですが、夜が明けてから二時間ちかくも姿をさらして歩かなければなりませんでした」
 新十郎は笑いながらつけ加えた。
「疲れついでに、もう一度オーカミイナリへ行ってみようじゃありませんか。何か変ったことが起きているかも知れません。私たちの並足では太駄一泊の二日がかりで到着するのが当り前の行程ですね。明日の午ごろオーカミイナリへ到着してみると、案外なことが分るかも知れません」
(ここで一服。犯人をお当て下さい)

          ★

 その晩は太駄で一泊。翌日の午ごろ予定通りオーカミイナリの住居地帯に到着した。
 新十郎がまず訪れたのは伊之吉の小屋であった。訪いを通じたけれども内部から返事がない。
 戸をあけてみた。内部には誰の姿もなかった。
 新十郎は伊之吉の姿が見えないことにはトンチャクせずに内部へはいって見返した。彼は一枚の紙片をとりあげた。それを読むと、新十郎の顔は霽《は》れた。
「たぶん、こんなことが起っているだろうと期待していましたよ。よろしいですか。伊之吉の手紙を読み上げますよ。結城新十郎さま。あなたがすでに見破った通り、蛭川真弓を殺した犯人は私です。私がここに来た時は蛭川真弓が父を殺した犯人だとは知りませんでした。今から二年ほどになりますが、加治景村さんの小屋が風に倒れて私の小屋で一しょに一夜をあかした晩に、あの方の土蔵を破った犯人の残した品々をきいて、父を殺した犯人が分ったのです。加治さんの口からそれをお訊きになればお分りになるでしょう。私は計画をねり、三度も東京を往復して充分に成算を得た後に、彼が父を殺したように私が彼を殺しました。私は彼を殺したことが悪いこととは思いませんので、山人とともにここを去り、永久に山から山に移り住んで一生を終ります。たぶん私を捕えることは不可能でしょう。なぜなら、ある種の人間にとっては山は無限の隠れ家だからです。伊之吉より」
 新十郎は一同を見まわして、
「彼がどうしてこの置き手紙を残して行方をくらますに至ったと思いますか」
「あんたが神の矢と面を盗んだからさ」
 虎之介がいらだたしげに言った。新十郎は首をふって、
「とんでもない。私が神の矢と面を盗んだだけなら、盗んだことが誰にも分る筈がないではありませんか。あの自信たっぷりの妙な天狗は矢の数を改めてみる筈はないし、面の数はほとんど無数ですからね。彼が置き手紙を残して逃げた理由は、ほら、これですよ」
 彼は小屋をでて戸を閉じてから、その戸の一点をさした。そこに何かの傷跡があった。
「私が盗みだした神の矢は二本です。そして、一本は、私が力一パイ投げつけてこの戸に突き刺して戻ってきたのです。さて、それでは伊之吉君のお説によって、加治さんの話をきいてみようではありませんか」
 一同は加治の小屋を訪れた。新十郎が東京に起った神の矢殺人事件をのべて、伊之吉が残して去った手紙を見せると、老人は読み終って、なんとなく意外の顔だった。
「そうでしたなア。私の小屋が風で倒れた晩に彼の小屋に泊めてもらって語り合ったことはありましたよ。すっかり忘れていましたね。しかし私は別にあの男の父を殺した犯人の手がかりなぞを語ったとは思われないが、この手紙にあるように、土蔵破りの犯人が残して行った品であるとすれば、それは古ぼけた背負い籠ですよ。それはどこのウチにもありふれた品物で、犯人の遺留品だということは数月間気附きませんでした。土蔵の内部に捨てられていましたが、盗まれた金箱の位置から離れた片隅に放りだしてあったせいです。そして気附くのがおくれたから、この遺留品は村の人々にも知れ渡っていませんのです」
 新十郎は満足で充ち足りてうなずいた。
「それでハッキリ分りましたよ。彼が父殺しの犯人をさとったのは、伊之吉のウチの背負い籠がなくなっていたことを良く記憶していたせいですよ」
「では
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