庭をはさんで店がある。店の土蔵が二ツあった。六人の小僧や手代が土蔵の入口の一部屋にザコ寝していた。
店と母屋の廊下は戸でしきられ、この戸は由利子が寝る前に必ず錠を改めた。店の男たちと母屋の女たちの境界をまもるのは、母なき後は由利子の責任の一ツであった。その晩も寝る前に改めた。錠はおろされていた。
翌朝六時の定刻に起きた早番の女中オタツが七時ごろ廊下の戸の錠をはずした。錠はまちがいなくかかっていた。
店からの侵入はこの戸にさえぎられて不可能であり、母屋全体の戸締りにも異常はなかった。すると、侵入口が問題であった。
新十郎は離れの各部屋、その押入や便所も改めた。土蔵の錠は常におろされている。便所の汲取口にも異常はない。
由利子の申し立てによると、彼女が父の食事をさげているとき(女中たちは先にやすませた)同時に父が入浴に立ったので、彼女がまだ雨戸を締めぬうちに、離れが無人になった何分間かの時間はあった。
六畳は母の死後はあんまり用のない部屋である。その押入の戸が半開きになっていたという。そこには泥棒が狙うような品物は全くなかった。その長持の裏側に人が一人ひそむに足る空間があった。犯人は離れが無人になった何分間かに素早く侵入してそこに隠れていたのではないか、というのが人々の一致した意見であった。
「その長持の後側に小さなお守りのようなものが落ちていました。紙の包みをあけてみると、中味は金メッキのお守りで、大倭大根大神《オーヤマトオーネオーカミ》とあるのです。これはオーカミイナリの祭神の名だそうです」
古田巡査が説明した。
「大倭大根大神とは聞きなれない神名ですね」
新十郎がこう呟くと、古田は答えて、
「左様です。それがオーカミイナリの神主家の先祖に当る神様だという話です。こんなところにお守りが落ちているのは解せないことだと当家の者は言うのですが」
新十郎はうなずいた。
何から何までオーカミイナリが附きまとっているのである。蛭川真弓の心臓を刺しぬいていた矢は、ヤジリが六寸もある尖った鋭い刃物であった。ヤガラは朱塗りで、矢羽は雉の羽を用い、それはオーカミイナリ独特の神の矢であるという。
「番頭川根の語るところによりますと、今から約十五年前、蛭川家がまだ武蔵の国賀美郡の故郷におったころ、先代の番頭今居定助と申す者がこの神の矢に射ぬかれて殺されたという話なのです
前へ
次へ
全28ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング