参りましょう。犯人を取り押えに。もっとも泉山さんは、氷川町から人形町へ直行なさる方が近道ですね。では、おやすみ」(ここで一服。犯人をお考え下さい)
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海舟の前にかしこまって、すべてを語り終って後も、虎之介のフクレッ面はとがッたままだった。昨夜の別れ際に、氷川町のことまで新十郎に先廻りして云われたのが癪にさわって堪らないからである。
海舟はナイフを逆手に後頭部の悪血をしぼりとり、それを終って、左の小指の尖を斬った。ポタリ、ポタリ、と懐紙にたれる血を見るともなく考えふけっているようであったが、ふと顔をあげて、虎之介のフクレ面をからかった。
「虎は大そうムクレているな」
「よくお分りで」
「誰が見ても、よく分らアな。だが、ムクレているワケを言ってやろうか」
「そこまで見破られるほどのバカではござらん」
「犯人が皆目分りやしないからよ。まるッきり分らなくッちゃア、ムクレの他に手がねえやな。概ねムクレて一生を終る面相だぜ」
せッかく悪血をしぼりながら、こんなことを言っているのは、海舟も概ね犯人が分らないせいではないかと疑いたくなる。しかし悠々|綽々《しゃくしゃく》として、一向にムクレた様子がないのは、そこが凡人と偉人の差かも知れない。あんまり見上げた差ではない。要するに、海舟先生、苦吟の巻であった。海舟は小指の悪血をしぼり終って、静かに語りはじめた。
「犯人は足利の仁助さ。六人家族に目が一ツ半。この理に着目すれば謎はおのずから解けらアな。新十郎の云うように、ほかのことには手をつけずにタタミとネダをあげて壺を取りだした犯人は、かねて壺の在りかを知る機会にめぐまれた奴にきまッてらアな」
虎之介が益々ムクれてさえぎった。
「軽率でござるぞ。オカネが人々の不在を見すまして壺を取りだして中を改めている所へ賊が忍び込んで参ったのかも知れませんぞ」
「虎にしちゃア、できたことを言うじゃないか。だが、オカネがネダをあげたにしちゃア解せないところが一ツあるのさ。タタミ一枚分のネダがそッくりあがっていたそうじゃないか。壺を隠した当人がネダをみんなあげるようなムダなことをするものかえ。また、壺を改めている最中に賊が現れた際には、格闘の跡もなければならない道理だよ。オカネは寝こみを襲われているぜ。非力とは云え因業婆アが目をさまして盗ッ人を迎えたならば、鵞鳥どころの騒ぎじゃすみやしねえやな」
この反駁は明快だった。さすがに海舟、虎之介とちがって、全てのことが一応整理された上での結論なのだ。虎之介はムクレたままうなだれて、返す言葉もない。
「火事見舞いにでむいて、はからずもオカネのヘソクリの在りかを見てとった仁助は、弁内をおびきだして肩をもませつつオカネが酔って熟睡のこと、他の五名が出払って無人のことを確かめ、弁内に後口のかかったを幸いに、ひそかに忍びでてオカネを殺し、金を奪ったのさ。あとで弁内に現場の様子を根ぼり葉ぼり訊きただすのは古い手だ。物見高いヤジウマのフリをしてみせるためと、また一ツには己れに不利な証拠を落しやしなかったかと不安にかられての自然の情というものさね」
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虎之介は人形町へ直行した。新十郎の図星のようになってしまって、何から何まで癪にさわるが、時間がないから仕方がない。
しかし、見事な反駁のあとの推理だから、時がたつにつれてその爽快さがしみてくる。馬を急がせているうちにムクレは落ちて、胸がふくよかになってきた。
「さすがに天下の海舟大先生だなア。オレとしたことが海舟先生に反駁なぞとはゴモッタイもないことだ。しかし、先生も話せるなア。虎にしちゃアできたことを言うじゃないか、とおいでなすッたぜ。アッハッハ。居ながらにして全てタナゴコロをさすが如し、それに比べると、あの若僧のフーテン病みは……」
新十郎一行はアンマ宿の前で馬のクツワを押えていた。虎之介は馬から降りずに、
「こんなところに立っていたって仕様がないぜ。石田屋へ行かなくちゃア、ラチがあかないよ」
新十郎は笑って答えた。
「仁助は朝早く足利へたちましたよ」
「シマッタ! 一足おくれたか。それ、足利へ。オレに、つづけ」
「お主は馬よりも泡をふくねえ。馬をのせて足利へ走るツモリだな」
と、花廼屋が虎之介をからかった。
そこへ古田巡査の案内で到着した警官の一行。一同そろってアンマ宿へはいった。
主人銀一、養女お志乃、弟子が三名。オカネの妹オラクとその子松之助が来合わせていた。
せまい部屋に一同が着席すると、新十郎は家族の者を見まわした。メクラ一同オモチャの鳩のように無表情でハリアイがないことおびただしい。
「全てのことを推理したいと思ったのですが、一ツのことは今もって見当がつかない。メクラは、盗んだ物をどこに隠すか。たぶ
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