ませんや。四分六の歩合ですよ。私らが四分で。もっとも、稲吉は見習だから、稼ぎはそッくり師匠の手にとられます。この節はどの町内もアンマだらけで、もう東京はダメでさア」
 弁内は相変らずオシャベリだった。
「オカネさんの晩酌は毎晩のことかね」
「ヘエ。左様で。私らに食事をさせてから、独酌でノンビリとやってるようで、独酌でなきゃア、うまかアないそうですよ。師匠がウチにいても、師匠に先に食事をさせて、それから一人でやってまさア。もッとも、師匠はいけない口ですがね」
「晩酌の量は?」
「一晩に五ン合とか六合てえ話だなア。キチンときまッた量だけ毎日お志乃さんが買ってくるんで、誰もくすねるわけにいかねえというダンドリでさア。それをキレイに飲みほして、お茶づけをかッこんで、ウワバミのようなイビキをかいて寝やがるんで」
「婆さんは毎晩いつごろやすむのかえ」
「こちとら時計の見えねえタチだから、何時てえのは皆目分りやしねえや。酔ッ払ッて、ガミガミうるさく鳴りたてやがると、そろそろお酒がなくなるころで、あの晩は私らが仕事にでるころ、そろそろ茶づけが始まってたね。私やハバカリにしゃがんでるとき婆アが茶づけをかッこみだしたのを聞きましたよ」
「すると、あなた方が仕事にでると、まもなく婆さんは眠ったわけだね」
「たぶん、そうだろうね。茶づけを食ッちまやがると、たちまちウワバミのイビキでさア。私らには分らないが、なんでも片目をカッとあけて眠ってやがるそうで。怖しいの、凄いの、なんの。二目と見られやしないという話でさアね」
 一人ペラペラまくしたてるのは弁内だけだった。
 今とちがって火葬の設備が悪いから、夜分にならないと家族たちは戻らない。新十郎一行は一廻りして、一同のアリバイを確かめることにした。表へでると、通りを距てて、筋向うが焼跡だった。
「この火事は近頃のものらしいですね」
「十日か、十二三日も前でしたか。夜中の火事でしたが、風がなかったので、運よくこれだけで食いとめたそうです」
 と、古田が新十郎に答えた。
 アンマ宿から一番近いのは妙庵のところ。三四十間ぐらいのものだ。角平のアリバイはハッキリしていた。
 仙友はいかにもお医者然と取りすまして、
「私が迎えに参りまして、それからズッと角平はここに居りました」
「十時半から三時まで、たったお一人の方をもみつづけたのでしょうか」
「軽く、やわらかく、シンミリと。これが先生のおもとめのモミ療治で。持病がお有りですから、特別のモミ療治を致すようで」
 石田屋へ行った。弁内を呼びに行った女中が答えて、
「アンマをよんでくれと仰有《おっしゃ》ったのは、足利の仁助さんというチョイチョイお見えになる方です。お泊りの時はたいがい弁内さんをお名ざしで呼ぶのです。仁助さんのあとで、もう一人の方をもみましたが、このお客さんはこの日はじめてお泊りの大阪の薬屋さんとか云ってた方です。アンマをよぶなら後でたのむとお約束して仁助さんの済むのを待ってもませたのです。二人とも堅い肩でめっぽう疲れたと弁内さんはコボシていましたよ。ちょうどお帳場に残り物のイナリズシがあったから、弁内さんはそれをチョウダイして、帰りました」
 これもアリバイはハッキリしていた。
 流しの稲吉にもアリバイがあった。彼は十時ごろ清月というナジミの待合へよびこまれて、十時から十一時ごろまではお客を、十一時から一時ごろまでは待合の主婦をもみ、夜泣きウドンを御馳走になって帰った。
「あのアンマは小僧ながらもツボを心得ていて、よく利くんですよ。チョイチョイよんでやるもんですから、とてもテイネイによくもんでくれます。帰りがけにウドンやオスシなど食べさせてやりますから、それを励みに心をこめてもんでくれるんですよ。子供は可愛いものですね」
 と、稲吉はここで大そう評判がよかった。
 お志乃のアリバイもハッキリしていた。伊勢屋に三時ごろまで居たことは確かであった。伊勢屋の隠居は正直にこう打ちあけた。
「私はアレに情夫《イロ》があることを知っていますよ。約束の時間を時々おくれたりして、ムリな言いのがれをするのです。しかし、あの晩だけはマチガイなくここに居ました。十時から朝方の三時ごろまで、私の相手をしていたのです」
 銀一のアリバイはさらに動かしがたいものがあった。彼は警察の署長官舎へ招かれて、病気でねている署長の母をモミ療治し、そこへ出先からおそく帰ってきた署長が一ツたのむと云うので、これを一時ごろまでもんでいた。それから妾宅へ廻ったのである。
「流しの犯行ときまったね」
 と、虎之介が軽く呟くと、新十郎は笑いながら、
「犯人はオカネをしめ殺したのち、フトンやアンドンを片隅へひきずりよせて、部屋の中央のタタミとネダをあげて、壺をとりだして金を盗んでいるのですよ。ほかのとこ
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