イがあった。
一足おくれて、稲吉が流しから戻ってきた。つまり、犯行は十時半から一時ごろまでの間であろう。
三時すぎに角平が戻ってきた。一足おくれて、お志乃が戻ってきた。
一時すぎから三時すぎまでの間にも戸締りのなかった二時間の空白がある。しかし、警官が駈けつけた午前四時にはオカネの死体はまったく冷くなっていたし、タタミやネダをあげるという大仕事を、耳さとい二階のメクラたちに知られずにやれるとは思われない。弁内と稲吉はしばらく寝つかれなかったというが、怪しい物音はきかなかったと言っている。
「六人家族と云っても、目玉は合計一ツ半しかないのです」
と、新十郎を呼び迎えにきた古田巡査が報告した。
「一ツというのはお志乃。半分はオカネ。オカネの片目はボンヤリとしか見えないのです。そのオカネが殺されて、残った目玉はたッた一ツ。目玉のない連中のことですから、何をきいても雲をつかむようらしいですな」
「縁の下に壺が隠されていたこどは、一同が知っていたのですか」
「さ、それですが、あとの五人は一人もそれを知りません。主人の銀一すらも知らなかったと申しております」
「主人の銀一すらも?」
「そうなんです」
「それは、おもしろい」
新十郎は呟いた。
そして、支度のできた新十郎一行は人形町の現場へおもむいた。それはもう二日目で、一応の調査が終って、ネダもタタミも元におさまり、何事もなかったようになってからだ。
その日は葬式で、身内の者はオカネの遺骸を焼きに出払っており、三人の弟子のメクラだけが留守番をしていた。
新十郎一行はメクラ三人と一しょにスシを取りよせて食べながら、
「目の見えない人はカンが良いというが、あなた方には、隣室なぞに人の隠れている気配などが分りやしないかね」
「そのカンは角平あにいが一番あるが、私らはダメだね」
弁内が答えると、角平が口をとがらせて、
「オレにだって、そんな、隣りの部屋に忍んでいる人の姿が分るかい。バカバカしい」
「ハッハ。見えるようには、いかねえや。だが、あにいには大がいのことが分るらしいね。化け物婆アも、お志乃さんも、そう云ってるよ。石頭で、強情ッぱりだが、メクラのカンだけは薄気味わるいようだ、とね」
「バカにするな」
角平が真剣にムッとしたから、新十郎はとりなすように話をかえて、
「あなた方の御給金は?」
「給金なんてものはあり
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