ると一々文句をつけているうちに、ゴオンゴオンと大イビキをかきはじめる。
妙庵の夜食をさげて後始末を終った仙友、イビキ声にほくそ笑み、見える筈のないメクラの角平に目顔で別れを告げて、イソイソと立ち去った。
彼の行きつけの一パイ飲み屋はオデン小料理の小さな縄ノレンの家である。その店でも大切にされるお客ではない。
妙庵があんまりはやらないヤブ医者だから、その代診の仙友は、実は下男代りのようなもの。給料なんぞもイクラももらッちゃいないから、妙庵がアンマをとって眠る晩に、稀れに抜けだして一パイのむのが手一パイというフトコロ具合であった。それでも当の本人は女中のオタキに惚れて、せッせと通っているツモリなのであった。
ところがその晩はオタキの情夫か何か分らないが、若い色男のお客のところへピッタリくッついたきり、オタキは仙友の方なんぞは振りむきもしない。
四本五本とヤケ酒をひッかけて、そのたびごとに、
「オイ。オ代りだ!」
大きな声で怒鳴っても、てんで相手にしない。
「チョッ。畜生め!」
しかし、モウ、それ以上は軍資金がつゞかないから、
「覚えてやがれ。テメエだけが女じゃアねえや。アバヨ」
と、外へでる。にわかに酔いがまわってきた。そして、それからどうしたかハッキリした覚えがないが、どうやら方々うろつきまわったようである。ころんだり、ぶつかったりしたようだ。
けれども家へ戻ると、さすがにいくらか正気が戻ってくるのは、よっぽど妙庵先生が怖いのだろう。とは云え、酔っ払いの荒々しい動作が全然おさまりはしないから、
「シッ!」
角平にたしなめられて、
「ヤ。角平か。すまねえ、すまねえ、どうも、長時間、相すみませんな」
柄になく、あやまって、匆々《そうそう》に寝床にもぐりこんだ。彼が一パイのんで戻ってくるまで、患家の使いを撃退役にアンマをもみつづけてもらうのがいつもの約束であった。
仙友が戻ってきたから、角平はさっそくアンマをきりあげて、立ち上る。外へでたが、まッすぐ家へ戻らずに、反対側の賑やかな通りへでて、仙友の行きつけの一パイ飲み屋のノレンをくぐった。
「一本つけて下さいな」
「オヤ、めずらしいね。たまには顔を見せなよ」
「ヘッヘ。不景気で、それどころじゃないよ。今夜はようやく二人目さ。おまけに一人は三時間ももませやがる。仙友の奴め、ずッとここに飲んでたんですか」
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