アありませんか。いくら燃えても死ぬ人間が中にいないと思いこんでいたから、平気で、動かなかったんですよ。奴らが口止めされた以上は、もはや誰がどうやっても口を開かせることはできませんが、山キとコマ五郎のとりきめた趣向では、誰も死ぬ者がでない筈だったにきまっています。散々人々をハラハラさせて、本当に焼け死んだとみせて、生きて出てくる。案内状の予告通りにやらないところが、本当の趣向だったのですよ。生きて火葬になるほどのシャレた趣向をする以上は、そこまで人を食ってイタズラもしたくなろうというもの、まア、私が山キの立場でも大きにそれぐらいはしかねませんとも。チョイと燃えかけたところで、赤い頭巾にチャンチャンコをきて皆さん今日はと現れ出でても、そのあとでボウボウ威勢よく燃えさかっている火焔の方になんとなく面映ゆくって、せっかく生れ変った人間の方には威勢の良いところが少いねえ。予定狂って、本当に死んだと見せて、アレヨアレヨという焼跡にノコノコと現れ出でてこそ、趣向というものさ。山キとコマ五郎はチャンとそこを狙っていたと思いますよ。しかるに、本当に死んだてえのは、ナゼだろうねえ。どうしても、誰か殺した奴が居なくちゃア合わない理窟だ。八百人の見物人の目があったにしても、この目は正面の一方にしか利かない目だ。三方はこれをとりまいた火消人足の目がきくだけだから、ヌケ道からそッちへでても八百人の見物人には分らないという趣向だったと思いますねえ。このヌケ道をふさいだ奴があったんだ。コマ五郎はわざと見物の人にこれ見よがしに錠をおろしたが、それは錠のおろされていないヌケ道があったという証拠でしょうね。扉に錠をおろしたコマ五郎が犯人ではなくて、誰かヌケ道に錠をおろした奴が本当の犯人だと思いませんか」
新十郎は同感をあらわして、うなずいた。
「御明察の如く、元来の趣向は予定狂って死んだと見せて、ノコノコと現れる筈でしたろう。すくなくとも火消人足が信じていたのは、そうでしたろう。ですが、どこにヌケ道があったのでしょう。また三方をとりまいた火消人足の目をかすめて、誰かがそこに錠をおろしうるでしょうか」
「前夜のうちなら出来ませんか」
「ところで、お説のように火消人足たちが実は誰も死なないという裏の趣向を心得ていたとすれば、たぶんヌケ道の所在も心得ていたでしょう。ところが危険がせまる火勢になってもヌケ道から現れる姿がなければ、そのヌケ道の出口に見張っていた火消人足に何かの動きがあった筈ではありますまいか」
「すでに煙がモウモウとあたりを包んでいるし、その日の風の方向を予知してヌケ道をつけておくわけにいかないから、運わるく出口が風下に当ると、出てくる人の姿なんぞはてんで見えやしますまい」
「そこが甚だ問題です。出てくる姿が分らないほど煙のたちこめた中を出てくることができるでしょうか。ヌケ道は縁の下になければならないが、そこは枯れ柴がギッシリつまっていますから、いったん煙や火がまわると、役者が花道を歩くように歩けるとは限りませんが。そのときの危険にそなえて見張っている者の用意を忘れるほど木場の火消が火をあなどっていたように考えられるでしょうか。火や煙をくぐって出てくる筈の人は商家の旦那でお年寄です。火になれた火消人足とはワケがちがう。万一にそなえる用意も必要だし、さすれば危険の火勢がせまったとき、当然見張りの人足たちから先ず騒ぎが起ったろうと思われますが」
ヤマ甚は聞き耳をたてていたが、考えあまったような顔をあげて、
「なるほど。仰有る通りのようだ。煙をくぐって縁の下を出るとすれば、万一にそなえる用意は必要だなア。そこにヌカリのあるコマ五郎ではないはずだ。するてえと、どういうことになるのです。私の目で見たところでは、コマ五郎の輩下の者が、中に死人は居らぬ筈だと思いこんでいたことは確かだと思いますが」
「そこなんです。どうして死人がでる筈はないと思いこんだのでしょうか」
「山キはたしかに棺桶にはいりましたなア。私は式のはじまる前に、あんまり立派な木を用いた棺桶だから、見せてもらったが、底に仕掛のあるような棺桶じゃアありませんでしたよ。山キはたしかにその中にねましたね。そしてそこから出るヒマがないうちに棺桶は担ぎだされたのですから、どうしてもヌケ道の用意がなくちゃア出られない」
「どうしてもヌケ道がなければ出られないときまっていますか」
「すると、ヌケ道がなくとも出られると仰有るのですか」
「そう。出られないかも知れません。しかしヌケ道というものは、決して空間の通路とは限らないのですよ。通路とちがったヌケ道から出てくる予定だったかも知れません」
「通路でないヌケ道から出る方法がありますか」
「あります」
「失礼だが、あの建物と同じようなものを造って、床にも羽目板にも扉にも
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