れてギクリとしたのだ。ちょッと、変だった。
 しかしコマ五郎は引ッ立てられてしまったが、その後に至って妙な情報が集ってきた。
 燃え落ちてまもないころ、焼け跡から戻ってきたばかりのトビの者が三々五々、
「オイ。見たか。誰かが本当に死んでやがるぜ」
「シッ!」
 気転のきいた者が目顔で制する前に、トビの者にはアチコチにこういう動揺があった。それを目にとめ耳にとめた参会者が二十人ほども現れた。
 警官もすててはおけないから、コマ五郎の輩下をよび集めて、一々訊問したが、
「バカバカしい。死人のいるのが当り前さ。誰がそんなことを言いますかい」
 いずれも歯ぎれよく一笑に附するばかりであるから、むろんそうあるべきことと警官はもとより参列者も納得して、それなりになって事はすんだかに見えた。
 と、翌日の朝に至って、重二郎の姿がどこにも見えないのが、はじめて問題になってきた。重二郎は当日本宅に留守を預っていた筈であるが、実はそこに居なかったことが本宅の女中の言葉で明らかとなった。重二郎の私宅を調べると、お加久という老婆が、
「旦那はその前日出たきりですよ。翌る日はオトムライの日だから、今夜は泊りだよ、と私にもそう仰有《おっしゃ》って出たきりですよ。本宅か市川にお泊りのことと思っていましたがどうかしましたか」
「出かける時はふだんの姿と同じだったな」
「ええ。そうです。もっともオトムライに着るための紋附は一そろいフロシキに包んで持っておいででしたね。だから、その晩は本宅か市川へお泊りの予定でさアね」
「本宅の留守番に紋附はいるまい」
「そんなこたア私ゃ知りません。本宅の留守番だって、オトムライの日は紋附ぐらい着ちゃアおかしいかねえ」
「隠すと為にならないぞ。妾が七人もいるそうだが、オトムライの留守番をいいことに、妾のところへ籠っていやがるのだろう。妾の名前と住居をみんな有りていに申しのべろ」
「ヘエ七人もお妾がいましたかねえ。世間の旦那は飯たき婆アにお妾のノロケを言うものですかえ。私ゃウチの旦那からそんなノロケを承ったことがないね」
 ちょッと海千山千という目附の老婆。
 重二郎の妾が七人というのは警官のデタラメだ。重二郎は身持ちがよくて、妾があるような噂も近所に云う者はいなかった。
 それから二日すぎても重二郎は姿を現さなかった。しかし、そこに、喜兵衛焼死とむすびつく曰くがあるか
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