た。ロッテナム夫人は奥様の御婚礼の一ヶ月ほど前に開店したのですが、そして御婚礼の数日後には閉店したのですが、つまりロッテナム美人術の本当の目的たる奇術の実演を行うに当って唯一の妹たる奥様ほど邪魔な存在はなく、その実演はどうしても御婚礼後の必要があった。しかし奥様の婚礼後数日もあれば充分で、その日まで営業するだけで足りたのです。御婚礼後、お兄上の発作がたちまちはじまったのは、そのとき実演が行われたのでしょう。そして、お兄上の精神鑑定の物々しい席で、最後にお兄上が卒倒されたのは、有りうべからざる奇怪を見たからでありました。三人の異る女が同一人であるためには、いかに外見が異っても、その存在は眼前の実在としては常に一でなければならない。しかるに同一人が同時に異る三体となって眼前に姿を示したから、お兄上はその奇怪さに逆上して卒倒されたのでしたろう。ロッテナム美人術とは実にこの一ツの目的のために仕組まれて地球の半周の彼方から演技者の一部分が呼びよせられたほどの地上に最大の構成をもった芝居と奇術の混合物でもあったのです」
こう説明を終えた新十郎は驚くべき早さで立ち去る構えに転じていた。
「私が突き止めたのはカラクリの筋だけです。これを人々に納得させるに足る私自身の実演は果してどの地から人や設備が得られるでしょうか」
こう呟くと彼はすでにふりむいて歩いていた。彼の一生に、この時ほど悲しい時はある筈がないのだ。
しかし、それから三日後には大伴宗久の死が報ぜられた。三日間はやまったと彼は唇をかんだが、しかし、いくらか救われたような軽い気持をとりもどすこともできたようだった。
底本:「坂口安吾全集 10」筑摩書房
1998(平成10)年11月20日初版第1刷発行
底本の親本:「小説新潮 第六巻第一号」
1952(昭和27)年1月1日発行
初出:「小説新潮 第六巻第一号」
1952(昭和27)年1月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:松永正敏
2006年5月23日作成
青空文庫作成ファイル:
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