げ同然村をでて、東京へ行き、親方にたのんだところが、
「このバカヤロー。指の満足のうちになぜ来ないだ。指が一本なければ手の力は半分もはいりやしねえ。二本もなければ相撲とりにはカタワ同然だ。帰れ、帰れ」
 とケンもホロロに追い返えされてしまった。今さら帰国もできないから、人のすすめるままに、立ちん坊まがいの仕事をつづけて、カンカン虫に落ちつき、女房をもらって横浜の貧民窟に住みついた。
 この一助、生れつき髪の毛が大そうチヂレていた。一本一本コクメイにより合わせたようにチヂレている。村に居るうちは、他にも似たようなチヂレ毛の持主が居るから、特に注意もひかなかったが、上京以来は、どこへ行っても髪の毛のことを云われる。
 ひところは食うものをつめて床屋へ行って坊主頭にしてもらったが、女房を貰ってからは、食う方も元々満足にはいかないから、当節では覚悟をきめてチヂレ髪にハチマキしめて大ッぴらにやってる。けれども、これを人に云われると、不キゲンになってしまう。
 食事を終りかけたところへ、
「おうッ。カラッ風のせいか、めっぽう冷えこむなア。朝メシはまだか」
 と誘いにきた同じ長屋のカンカン虫。一しょに外へでると、
「お前に耳よりな口があるそうじゃないか。人間万事、人の持たない物を持つ方がいいらしいや。オッ。このハリガミだな」
 と立ち止ってはみたが、この字の読める者がない。むろん一助も読めないのである。
 ところが、カンカン虫の溜りへ行くと、どうやら横浜の諸方にこのハリガミがあるらしく、溜りの近所にもあるという。字の読める者も二三いて、
「なア。一助。このハリガミだぜ。頭髪のチヂレたる人入用。大男ほどよろし、とある。手金十円、後払い五十円。地方巡業一ヶ月の予定。日本壮士大芝居。ハハア。政治芝居の悪役かなア。一助に似合いの口だ。行ってみねえ」
 どこへ行っても、寄るとさわると、ゴウバラな話である。
 けれども、一助の予感の通り、その日の仕事にアブレたから、ママヨ、と考えた。とにかく、たった一月の巡業で六十円とは大そうな話だ。手金十円くれるというから、だまされても月に十円ならカンカン虫よりも悪くはない。
 そこで字の読める男から募集者の所番地をきいて、本牧のチャブ屋街の中にあるTエンドK兄弟商会別館というのを訪ねて行った。
 朝のおそいこの街はまだ半分眠りの中だが、めざす商会別館はさ
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