。
「まぼろしの塔!」
「まぼろしの塔?」
「左様です。まぼろしは、目に見えます。あまり良く目につきすぎるものは、誰の目にも止りません。これが、まぼろしの塔です。皆さん一番よく見ていたもの。あんまりハッキリ見えすぎるので、気がつかなかったもの。それ、道場の土間の敷石をごらんなさい。それがみんな金の延棒なのです。この道場は私のまぼろしの塔なのです。私、またの名は白……」
新十郎は笑みに応じてさえぎった。
「私の耳はツンボですよ。仰有る言葉はきこえません。では、大陸へお渡り下さい。蔭ながら御奮闘を祈る者が二人ありと御記憶下さい。一人はささやかな結城新十郎。他の一名は天下の勝海舟先生」
「次に田舎通人神仏混合花廼屋先生!」
「次に天下の泉山虎之介!」
島田一門が拍手の代りにゲタゲタ笑いくずれたのは虎之介に気の毒であったが、実質的にそれが当然の報いであろう。花廼屋も虎之介も、島田の正体がワケも分らず、あわてて力んでみせたのである。
島田一門がいつのまにか東京から全員姿を消したのは、それからまもないことだった。
それをきいて、海舟は呟いた。
「まぼろしの塔か。きいた風なことを云う馬賊だが
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