った。
 ところが自分がニセモノであるために、彼は妙なことに気がついた。
 ある日仕事のキリがわるくて後片づけをしているうちに真ッ暗闇の夜になった。そこへお吉アンマが普請場を通りすぎたが、昼間通る時に比べて実に歩行が不自由だ。しきりに物に突当るし、その手さぐりのタドタドしさ、何倍の長時間を要して普請場をようやく通りぬけて行く。
 メクラに夜も昼もあるものか。このメクラはニセモノだぞ、たしかにクサイ、と自分がニセモノであるために、ベク助は即座にこう断定した。
 なるほど、お吉の片目は白目だけだし、片目は細くて、赤くただれ、黒目がちょッとのぞけて見えるだけだが、ただれのためにメクラとしか見えないけれども、いくらか見えるに相違ない。ちょうど帰りが一しょになったから、話しかけて、秘密を知りたいとは思うが、ツンボでオシが喋るわけにいかないから、暗闇を幸い、見えがくれに後をつけると、芝山内の近くまで長歩きして、大きな邸宅の裏木戸をくぐって行く。
 幸いあたりは人通りがないから、ベク助はそッと塀をのりこえて邸内へ忍びこんだ。
 使用人の住宅もあるから、燈火のもれているのを一ツ一ツのぞいて行くと、本邸
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