屋《はなのや》に虎之介の三騎づれ、馬を急がせて駈けつける。
 新十郎は現場を見て、おどろいた。
「ありうべからざることだ」
 さすがの新十郎も現場を睨んで、しばし茫然。ようやく発したのがその一語であった。
 二人の死体をていねいに調べた。
「この麻の袋は何を盗むツモリだろう? 室内には二人の足跡もない。しかし、とにかく、誰かが殺したことは確実だ」
 多数の警官が島田邸内をノミも逃げ場がないほど探す。門弟たちの私宅にも警官が走って、一同の昨夜の服装をとりしらべる。みんな礼服を着用していたのだが、どこにも血のあとが見られない。
 邸内くまなく探したが、特に盗みの対象となるような貴重な金品は見出すことができなかった。
「お紺が住み込みの下女で、父と兄が麻の袋をぶら下げていることには関聯があるのだろう。お紺は何を見たか」
 新十郎はお紺と全身的な対話を試みたが、彼女は父や兄に盗みを誘ったこともないし、貴重な品は見たことがないと答えるのみであった。
「麻の袋で運びだす貴重品」
 邸内くまなく探して見当らなければ仕方がない。盗まれる対象は実存しなかったと云うべきであろう。
 日の暮れるまで調査して得るところなく、新十郎の一行三名、海舟の前へ報告にきた。新十郎は苦笑して、
「ありうべからざることが、有り得ている。そして、なぜだか、皆目分らないのですよ」
 海舟は落つきはらって、
「有りうべからざることとは何事だえ」
「板の裏側に血しぶきが附着しております。台所の床下の物置の中で、板の下にとじこめられて殺されたバカがいるのですよ」
「縁の下に入り口がないのかえ」
「ございません。四囲は石材をぬりかためたものです」
「新門の辰五郎の話では、ぬりこめた石材をうごかす術もあるそうだぜ。土蔵造りの左官屋が、縁の下にうごく壁をつくっておいて仕事をしていた例もあるそうな」
 新十郎は上気して、目をかがやかせた。
「有りうべからざることは、起り得ない道理です。どうして、そこに気がつかなかったろう。先生のお言葉の通りです。私はそれを見た。しかし、気がつかなかった。なぜ、そこに死んでいるか、そのワケにこだわりすぎたためでした。私はたしかに見ました。血の殆どかかっていない壁が二ヶ所にあった。一方は犯人の身体にさえぎられたと考え、一方はその方角に血が飛ばなかったと考えたのです。なぜなら二ツの壁は向い合っ
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