た猫のように、その目に憎悪の閃光が宿っている。ベク助はここでも背筋に悪感の走るのを覚えた。
「どういう関係の奴らだろう。まるでオレには解せないが」
 と、ベク助は邸を脱出して帰途についた。主人の標札だけは見てきたが、山本定信とあった。
 ベク助は七宝寺へ戻ってきて、五忘に訊ねた。
「山本定信てえのは何者だね」
 五忘の目がギラリと光った。
「貴公、本日、何を見たのだ」
「何も見ねえよ。そんな人の名をきいただけさ」
「名がでる筈はない。なア。貴公。その名は出ないよ」
「そうかねえ」
「そうだよ。だが、まア、いいや。貴公の仕事はそんなことじゃアなかったなア。山本定信てえのは、清の皇帝様の重臣だよ」
「日本人じゃアねえのかね」
「オレがお釈迦サマの友達、重臣だてえのを貴公も心得ているだろう。天下は甚だ広いものだ、なア」
「そうかい」
「下僕の金三に、アンマのお吉、ツンボとメクラがいただろう。貴公、それをどう見たかえ」
 畜生メ。心得ていやがる。何から何まで油断のできないガマガエルだ。ベク助は癪にさわって、返答せずに座を立った。
 蛸入とガマはみんな心得ているらしい。オレときては敵地へまんまと乗りこみながら、敵に見破られるばかりで、一向に確かなことが分らない。実にどうも面白くない有様である。
 しかし、ここまで踏みこんだからにゃア、今にみんな正体を見ぬいてみせる。蛸入もガマもおどろくな。
 とにかく話がみんなシナにつながっていやがるらしいから、そッちの方からタグリだしたらどうにかなろうというものだ。
 ベク助はこう考えて計画をねった。

          ★

 ベク助は翌日の仕事を早目に切りあげて、横浜本牧のチャブ屋へでかけた。そこのオヤジはシナ浪人のバクチ好きで、先に七宝寺の本堂へ時々バクチにきたことがある。横浜に通じているベク助、然るべき筋で手ミヤゲの阿片を買いもとめたが、これは訪ねるチャブ屋の亭主が阿片中毒だからである。
 何よりの手ミヤゲ。その利き目は恐しい。亭主は秘密の別室へベク助をつれこんで、自分は阿片を一服しながら、
「そうかい。山本定信のことかい。あいつがつまり、これじゃアないか。この、阿片だよ。奴の北京居館は五十何室阿片でギッシリつまっていると云われているな。高位高官へタダの阿片を無限につぎこむ代りには、シナのことじゃアシナの公使よりも日本にニラミがき
前へ 次へ
全16ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング