へ現れて物も云わずに平伏したまま五分たっても頭をあげないのは虎之介であった。彼の頭は青坊主である。スッカリ頭を涼しくそり清めてきたのは敗北のシルシであろうか。その頭を見ると、「石」という字が書いてある。頭へどうやって字をかいたかと、海舟が一膝よせてよく見ると、これが頭の中央へお灸をすえて字の形を表したものだ。字をかきあげるまで一時間もかかったろう。石という字は石頭をわびる意を現しているのかも知れない。
「書かなくとも分ってらア。ムダなことをする奴だ」
海舟は笑った。それをきくと虎之介は罪の許しを得たと解して安心したのか、頭を起して、
「今後は夕食後に参ります」
と、ムッツリと妙なことを一言云って帰って行った。
底本:「坂口安吾全集 10」筑摩書房
1998(平成10)年11月20日初版第1刷発行
底本の親本:「小説新潮 第五巻第一三号」
1951(昭和26)年10月1日発行
初出:「小説新潮 第五巻第一三号」
1951(昭和26)年10月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:松永正敏
2006年5月11日作成
青空文庫作成ファイル:
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