とめると限界が分ってきて、誰が犯人でありうるか、というヒントの一ツになります」
新十郎の顔はひきしまった。
「そっちへ歩き去った他の人物の有る無しを探る場合に、たとえば質屋の倅というような特殊な一人を想定してはいけません。いつも白紙で、とりかかることです。小田原の人ばかりでなく、他の土地の人も、同じ村の人も、とにかく誰であってもかまいません。犯人は誰でもありうるのです。その犯人が見つかるまでは、全部の人が容疑者であるし、もしくは誰も容疑者ではないのです。今、申し上げた二ツのことを探してから、また、いらッしゃい」
菅谷は心からの尊敬を新十郎にいだいた。そして、食事を一緒にとひきとめられたが、それどころではなく、事件の解決にはげしい情熱と希望を得て、いそいそと下曾我村へと帰途についた。
ナガレ目とオタツは許されて村へ帰っていたから、二人を訪問して、さりげなく訊いてみると、二人は菅谷とは親しくなっていて警官という特別な考えは元々少いところへ、留置場でいかつい刑事に接して、ふだん親しい菅谷に対しては半ば軽蔑と、それだけ親しみも増すようになっている。そこで谷へ通う方法を警戒もせずに語ってきかせた。
ナガレ目は人のねしずまる深夜に往復していた。ところがオタツは道のない山や谷をわたって昼でも人に知られず谷へ行くことができると云った。ナガレ目も同じことができるのだが、彼は牛をひいているから、なるべく深夜に平易な道をとったのである。
オタツが谷へ通うのは山の畑に山ごもりしているとき、そこから山づたいに誰にも知られず谷へ通うことができるのだ。
オタツは偶然ナガレ目のアルバイトを突きとめて、時々材木を運んでやるから運賃をよこせというのを口実にして、口止め料をかせいでいた。一回一円であるが、ナガレ目は炭の運送料から算定して一銭でタクサンだと云ったが、オタツは腕ップシが強大だし、意地ッぱりだし、秘密を握ってもいるから、時々一円まきあげにきた。その代り、大の男でも一人で担げない材木を三本ぐらいまとめて運んだ。それは親切のせいではなくて、そうしても苦にならないから、やってるだけのことであった。このことは二人だけの秘密であるから、二人が敵味方にわれて大論争になっても、二人とも警察で一言もこれにふれなかった。オタツも自分がたかっているのを言うわけにいかなかったのだ。
「一円は安いから、値
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