が、目が真ッ赤でいつもタダれているのです」
的は狂った。サガミ女の手引きをしていたのはクサレ目にまちがいなかった。ガマ六や雨坊主が下曾我へ行くのは彼のためらしい。
「ほかにゼゲンはいないかなア。オレは小男で耳の大きなゼゲンを一人知っているが」
「そんなのはききませんね。もう一人、二十二の好男子がいるにはいますが、そこの花房の湯の隣に質屋があるでしょう。質屋の息子が内職にやってるのです」
「あの質屋はお金持だそうだが息子がゼゲンをやるとはワケがわからないなア」
「息子がゼゲンをアルバイトしてるのを黙って見てるようだからお金がたまるのですよ。ですが、あの息子のはタチがわるくて、山男のように山を渡り歩いて若い娘を見るだけが道楽じゃアないんですよ。色男でしょう。それに女タラシの名人なんだそうですよ。まだ若いくせにねえ。それも商売女には手をださずに、農家の娘を漁って歩いてるんですよ。あげくにそれを仲介してサヤをとって、結構、モトをとって、モウケている始末。一文も親の小ヅカイをもらわずに、存分に道楽してるという達者の倅《せがれ》なんです」
「それは変った話をきくものだ、ここや花房の湯もその倅の世話で女を買うことがあるのかね」
「深いことは知りませんが、そこにワケがあるようですよ。ここの旦那は山男の方を信用していたようですが、ちかごろは山男が花房の仕事にかかりきっていたようです。山男の口ききで新しくここへ来た娘《こ》がちかごろは居ませんねえ。ところが質屋の倅は、そのせいか、すっかり花房に袖にされたようですね。花房と質屋の境をごらんなさい。二階の窓よりも高い塀ができてるでしょう。質屋の倅が女湯をのぞいて困るというので、あの塀になったんだそうですが、それ以来、質屋の倅は花房の旦那を憎んで、誰にも分らないように殺してみせると人に語っていたそうです。ウチの旦那は質屋とモメゴトを起したようにはききませんが、花房も怖しいが、質屋の倅は花房よりも怖しい奴だと言い言いしたそうです。そのタクラミは七重にも八重にもいりくんでいて、尋常ではあの小倅に太刀打ちできる者はこの小田原には一人も居なかろうと言ってましたよ。何を企んでたか、私はきいたことがありませんがね」
菅谷は何食わぬ風を装っていたが、心は涯しなく吸いこまれていた。
草深い田舎の山猿や怪力女や耳の化け物どもの仕業としては芸が水ぎわ立ちす
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