だ。
そういうわけで、雨坊主が丹沢山中へ赴く理由は、建築業からも、湯女業からも筋は立っていた。
ところが、ヤッカイ千万なことには、ナガレ目がタダモノではないということだ。変質者というのであろう。それも利巧すぎての変質者と異って、バカの上に変質者だから、彼がどういう不安や心配があって何を策謀しているか、その筋が普通人に分らない。
ナガレ目の曰く、オレは死んでいた雨坊主というヤツは今まで一度も見たことがないヤツだ、と云うのである。こういうことを云えば、不利である。それならば誰のために木を伐っていたか。誰かのために伐っていた証拠にはその材木が彼の家にも炭焼き小屋にもないではないか。こう改めて余計なことを追求されなければならない。
ところがナガレ目は平気なもので、前の取調べには一年前から時々伐っていたと云ったくせに、そんなことは眼中にないらしく、あの日はじめて伐りにでかけたのだ、と平然と云う。前に一年前からと云ったではないかと問いつめられても、奴めは全然問いつめられた様子がなくて、そんなことは言わないな、と云う。
しかし、一年前から伐っていた証拠はあの密林をしらべればハッキリ分ることで、ちょうどそれぐらい伐られた跡がある。こう証拠をつきつけられても、彼はいささかもたじろがず、オレはあの日一日伐っただけだから、それでは、それはオタツだろう、オレはオタツが牛でもヘタバるような大きな材木をかついで行くのを何べんも見たことがあると証言した。どこで見たか。あの谷で見た。あの谷で何べんも見たか。何べんも見た。たった一日しかあの谷へ行かない筈のお前がどうして何べんも見ることができたか。木を伐ったのは一日だけだが、オタツを見たのは何べんも見た。こういう応答だからラチはあかない。そこでオタツが逮捕された。オタツが現代の人間なら、下曾我に埋もれている筈はない。ジャーナリズムが彼女を当代の名士の一人に祭りあげない筈はないのである。相撲とりでも片手に一俵ずつ、四斗俵二ツぶらさげて土俵を三べんまわることができるのは少いそうだ。オタツはその上、口に一俵くわえることができる。そのほかにも持つ方法があれば、もう一俵ぐらいは持てるだろう。背負う力は限りを知らず、と伝えられている。
逮捕されて取調べられたオタツは、事実無根を言い張ったが、ナガレ目が彼女に不利な証言をしたことを知ると、顔がカッと真ッ
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