彼が手で三枝子さんの首をしめて自然に殺してしまい、由也がようやく手燭の灯をつけてフトンをのけてみると、時田さんは眠りこけているし、三枝子さんは死んでいたと云うのだそうです。由也は茫然として長い失心状態の後に、とにかく時田さんをゆり起したと云いますが、そう云われると、たしかになんとなく思い当るし、自分の腕には三枝子さんにひッかかれたらしいカスリ傷もあるし、彼の言を信ぜざるを得なかったそうです。すると由也は、君が殺したとなると自分も父に叱られて困ったことになるから、父の秘蔵の品物をわって三枝子が失踪したようにしよう。こういうわけで、青磁と柿右衛門の皿をわって、三枝子の屍体はいったん縁の下へ穴をほって埋めた後に、この件では皿屋敷が誰の頭にもピンとくるだろうから、なるべく人にピンとくるように裏の井戸へ石を投げこもう。そのすぐ上の二階には今村小六という勉強ずきの神学生がいて、今も灯がもれているから、この水音をききのがす筈はない。さて、そこで深夜に水音がしたのに井戸を探っても屍体がないとあれば、それは三枝子さんの偽装で、実は三枝子さんは生きて行方をくらましているらしいということが自然に人々に信じられるであろう。これが由也の語ってきかせた計画であったそうです。長時間の大雷雨のおかげで屍体の始末も終り、さて大雷雨のあがるのを待って、井戸へ石を投げこんで、時田さんは母里家を立ち去ったのでした。由也のユスリの計画の方は実に見事に成功したのですね。そして彼は三枝子さんの屍体の最後の始末の方法は時田さんにも語らなかったのですが、彼は実に最初からそれを考えていたと思われる節があります。彼が裏庭の井戸へ石を投げこんだのは、屍体があると思わせて実は屍体がなく、それによって三枝子さんが自ら皿屋敷を偽装したと見せる方策でもありましたが、更にそれよりも重大な意味があった。それは、そこに改めて屍体を隠すためです。なぜなら、一番安全な隠し場所は、いったん警官が捜査したあとへ隠すに限る。二度と捜しはしないし、彼はたぶんその井戸が父母いずれかによって地下に隠されることを知っており、父母がそれを考えつかない時は自分がそれを暗示しても、結局そうなしうることを確信していたろうと思います。いったん警官が存分に捜した後に地下へ没して地上の形すらも失う井戸であるから、これぐらい完全な隠し場所はないでしょう。共同の秘密をにぎる時田すらもそれを知らないのです。かくて彼自身は永遠に安全でもあるし、永遠にユスることもできる。時田さんはいつ発見されるかも知れないよその縁の下の屍体に永遠にビクビクしなければならないのです。もしもイナズマがそのとき庭を照らさなければ、彼の計画はシッポを出さなかったかも知れません。井戸にあるべき屍体がないとだけでは、誰しも三枝子さん自らの偽装であり失踪であると考えます。彼はそれに自信があったのでしょう。わざと泥の足跡を目立たせ、自分一人らしく見せかけて実は二人を暗示し、メガネまで利用して時田さんの容疑を深める方法をとりました。それはユスリに有利のためであり、イナズマを忘れていたためでもあり、要するに彼の恐るべき悪度胸を物語っていますよ」
 それが新十郎の推理であった。

          ★

 海舟の前にかしこまった虎之介は、今度という今度は特別であったらしく、新十郎の推理を語ったあとでわざと神妙に、
「由也が時田をゆすッた点など相似ておりますが内実は雲泥の差で。ハ。恐れながら、御前の推理が似ていましたのは由也が恐るべき悪度胸であるという一言のみでございましたな。信心深い小娘が悪度胸にゾッコン参るものだなどとはこれも真ッ赤なイツワリ」
 今度という今度ばかりは新十郎が現場も見ずに話をきいただけのズバリであるから、虎之介もキモに銘じるところがあったらしい。けれども、新十郎への語り手は重太郎と遠山。海舟への語り手は虎之介。大そう違いがあるらしいのは計算に入れていない。
 海舟は平気な顔で、
「悪度胸の一言が似ればタクサンだ。それが全部のカナメだよ。それで全部解きつくしているのだが、バカには分らねえや」
 虎之介は分らないことに満足した。



底本:「坂口安吾全集 10」筑摩書房
   1998(平成10)年11月20日初版第1刷発行
底本の親本:「小説新潮 第五巻第一一号」
   1951(昭和26)年9月1日発行
初出:「小説新潮 第五巻第一一号」
   1951(昭和26)年9月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:松永正敏
2006年5月11日作成
青空文庫作成ファイル:
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