いではありませんし、三枝ちゃんが男物のメガネをかけるわけは一そう有りえないでしょう。どなたか泥だらけの男の方が泊って夜の明けないうちに立ち去ったのだと思います」
これは意外の話である。同行した若い巡査は遠山というが、オソノに好意をよせ、それにひきつづいて重太郎に親しみを寄せたらしい。重太郎、三枝子、オソノの来歴や身分を知って非常に感ずるところがあったらしい様子であった。
「なるほど、何か深いワケがありそうだ。皆さんのお話の様子だと、三枝子さんが逃げ隠れするとは思われない。しかし死んだ形跡もないとすると、どういうワケになるのだろう。ぼくはそれを上申して取調べてもらいましょう。とにかく妹さんが行方不明という件ですから、一応署へ来て下さいませんか」
「承知しました。そして御尽力できることがありましたら、どうか調査の用に使って下さい。妹の有罪無罪いずれにしても、兄として真相をつきとめないワケには参りません」
そこで三人は警察へ行って、重太郎は形式上の質問をうけたが、井戸へもぐった佐々警部補は遠山巡査の疑惑を是として、さらに調査を命じた。そこで三名は母里邸へ行った。
重太郎がヘドの下にあったという書物をみるとシェクスピヤである。ローマ字でK・TOCHIOという署名があった。トチオという友人をきいてみると、すでに由也は外出したあとだが、ラクもオソノも栃尾という友人の名を知っていた、幸い住所も分ったから、白山下の彼の家を訪問すると、彼は在宅しておって、自分がその本の所持者であることを肯定したが、
「それは昨日時田に貸した本さ。時田と母里と川又という三人が遊びに来たから、時田にその本を貸してやり、四人で白山上のハゲ蛸という馬肉屋へ行って飲食した。時田は非常に秀才だが酒癖が悪くて、酔うと前後不覚になって喧嘩口論、手荒なことをやる奴だ。昨日もそうさ。そこへピカリと光りはじめたからいそいで散会したが、時田が酔っているので方角の同じ母里がつれて行った筈だな。四人とも酔ってはいたな。川又はオレを送ってくれたから、オレが母里と一しょでないのは川又の奴が知ってるのさ」
白山上はすぐだから、遠山巡査と重太郎はハゲ蛸へ行ってみた。看板に書生鍋とあって、馬肉の鍋を主としてやっている。四人は常連だから、そこのオヤジはむろん知っていて、
「そうですよ。時田さんが、ちょッと口論のようなことを、ええ、
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