が井戸屋をつれてきてくれた。おどろいたのはラク。宿六の大弱虫野郎め。由也様のお許しもうけずに巡査にたのむとは。慌てて巡査と井戸屋を待たせておいて、急を由也につげる。そのとき由也は茶の間でオソノの給仕でようやくおそい朝食であったが、裏庭の、ときいて、
「エ?」
 ギョッとして、信じられないらしく、次には怖しい想像に打ちのめされたらしく、
「裏庭の……」
 井戸という言葉が言い切れないらしいのだ。オソノとラクがそうで、朝からまだ一ぺんも、その問題の中心たる名詞だけ発音できない始末であるから、同感によって三人ながらゾッとしてしまう。
「裏庭の……。そうか。それを巡査が。そうか。仕方がない。そうだったか」
 病みつかれたような、よくききとれないような衰えきった呟き。まもなく、ポトリと箸を落した。ジッとうなだれていたが、食事の途中だというのに、ヒョッと立ち、フラフラと茶の間を去って、自分の部屋へ戻ってしまった。
 オソノがあとからお茶をもって行くと、由也は机の前にボンヤリ坐りこんでいたが、
「もうお食事はよろしいのでしょうか」
 ときくと、由也はそれに答えずに、
「三枝が裏庭の井戸にとびこんだのを誰が見たのか」
「私ども一同が水音をききました。誰も見た者はありませんが、あの皿屋敷のように」
 そのときだ。実にその瞬間、由也はまるで目マイでも起したのか、フラフラフラと、身ぶるいを起して、ホッと一息して、
「そうか。皿屋敷か。そうだったか」
 すくむように、うなだれてしまった。
 ところがフシギなことが起った。井戸屋が井戸の中をしらべてみると、女中の死体などはないのである。なにぶん大豪雨のあとだから井戸水はおどろくほど増水して、深い井戸だが、相当水がせり上っている。とても底までくぐることができない。棒を突ッこんでみると、水の深さ四間半もあって、とても底まで潜って調べられない。棒でついて慎重に探してみたが、どうも何もないようである。上役の警官は気が強くなったのか、
「どれ」
 と、自分もフンドシ一ツになり、井戸の中へ降りて水中をよくかきまわしたのちに、
「オレは房州生れだからアマの作業を見て知っているが、四五貫の石をつけると底まで一気に楽に沈んで調べることができるだろう。手の石を放せば浮くのは楽だ。四間半なら大事あるまい」
 二人の井戸屋に命じて息綱を腰にまかせてイザというとき引っ
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