ようやく、ホッと息をついたが、このようなケタの外れた話については、きいたり、語ったりすることが見当らなかった。
「お前さんは常友さんの吉原の貸座敷とやらへ落着くのじゃないのかね」
「とんでもない。お清はとにかく、私はアイツの子供の時から、親のようにしてやったことは一度もありませんので」
云い終ってから倉三は、思いだしたようにちょッと頭をかいて、
「実は野郎が嫁をもらって女郎屋をやるときに、私と野郎の親子の縁は――戸籍の上のことではありませんが、旦那の前で起請をとって、フッツリ手を切るようにさせられましたようなわけで。ヘッヘッヘ」
倉三の最後の笑いは、なんとなく未練がましくひびいた。
★
翌朝、倉三は帰国の旅についた。
そのあとで、水野家へどのような人が訪ねてきたか、物好きの草雪も一日見張りをつづけるほどの根気があるわけではないから、来客の姿を目で見たものはなかったのである。
なるほど夜になってから数名の声がきこえはじめたのは、酒宴のせいらしい。ケチンボーの左近はランプもローソクも用いずに、いまだにアンドンを使っていた。
酒宴は長くつづいて、いつまでも
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