けられる仕掛けがありそうかい」
 新十郎はニッコリ笑って、
「全然ございません。板戸は柱を通りこして溝の中へピッタリはまるようにできておりますから外部からは隙間というものがございません」
「すると内側の者でなければカンヌキを外すことはできないな」
「その通りです」
「左近はカンヌキをしめるのを忘れたか、または左近がカンヌキを外したか」
「なぜでしょうか」
 海舟は新十郎の澄んだ目を見てフフンと笑って、
「奴メ、かねて用意の八本の刀をみんな隣室へ投げこんで、だんだん騒ぎがはじまったから、ソッと板戸をひらいてみたと考えられないかな」
「ハハア。天の岩戸でげすか。汚らしい大神様だね。力持の神様は誰だろう」
 花廼屋は遠慮なく海舟先生をまぜッ返している。ここがこの男の身上である。
 新十郎はややはじらって、
「先生の推理も一理ですが、部屋はいずれも真の闇で、左近といえども視覚によって愉しむことは思考外でありましたろう。それに、左近が殺された位置は、彼が隣室へ抜身を投げこみつつあった位置で、そこは欄間の下でもあって、隣室の音をききわけるには最も適した位置のようです」
 花廼屋はウッと驚き、膝を一打。
「さては犯人は、久吉!」
 新十郎はいささか困惑。
「左近を突き刺した者は、子供でもなければ女でもあり得ますまい。相当に腕のたつ人。正司と常友は幼児から菓子屋と料亭へ小僧にあがった根からの町人で腕が立つとも思われませんし、幸平も武道には縁のない優男《やさおとこ》。ツカの根元までクラヤミの気配を狙って一刺しにできるのは相当の使い手でありましょう。剣術に手練《てだれ》の者は泉山先生の同門、志道軒一人のようです」
 新十郎はニッコリ笑って推理にとりかかった。
「内側からカンヌキを外した者が左近でないと分れば、この謎は解けましょう。カンヌキを外したのは久吉の他に有る筈がございません。そして久吉がカンヌキを外したことを全然否定している事実をお気づきになれば事件の謎は一目リョウゼンです。父親志道軒の云いつけ以外に、久吉が嘘をつく筈はありません。そして久吉がカンヌキを外したことを志道軒が隠さねばならぬ必要があるのは、彼がそれを利用して左近を殺したからでありましょう」
 それだけの推理では彼も甚だ不満の様子であった。彼は言葉をつづけて、
「倉三の話によりますと、骨肉相食む地獄図の実演を創案した左近の設計には些か狂いがあったようです。その最も甚しいのが、いったん常友を相続者と定め、但し水野の戸籍に直った時を相続人の時期と定めて、それ以前に彼に万が一のことがあれば、久吉を以て相続人と定める旨を言い渡しました。倉三の語るところではこれは、志道軒をして、常友が水野の戸籍に直る前に殺させようとの企みで、常友と志道軒が他日再会することも容易でないから、その晩殺すに極っていると一方的に思いこんでいたようです。これが左近の大失敗でありました」
 新十郎は愉しげに笑って、
「正司や幸平には常友を殺す動機はありませんから、もしも常友が殺されればその犯人は志道軒と自ら白状しているようなものではありませんか。しかし、常友の相続を妨げるもっともカンタンな方法があるのですよ。それはその晩、左近を殺してしまえばよろしいのです。さすればその晩は常友が水野の籍に直る前にきまっておりますから、相続者は久吉たること、決定的ではありませんか。おまけに常友が殺された場合とちがって、左近が殺された場合には、ミネも幸平も正司も彼を殺すに充分で、また強烈な動機があります。左近は人が殺し合うことにばかり熱中して、自分が殺されるに最も適当な条件がでていることを全く失念していたのですよ。さて、久吉は常友の相続が確定するまで、一万円とともに左近の室に同居することに昼のうちに定まりました。よってその晩からすでに左近と寝室を同じくするに相違ないから、酒宴が長時間つづいているうちに、久吉に命じてカンヌキを外すように言い含める時間や機会はいくらもあった筈でしょう。左近が抜身の雨を降らせたのは願ってもないことで、志道軒は己れの目的がハッキリしていて板戸のカンヌキが外れているのも知っているから、他の人々のように狼狽することもなく、まッすぐに左近の居室へのりこんで、彼を刺し殺してしまったのでしょう。なお、ミネが自害したのは、二人の実子のいずれかが犯人であろうと疑ってその罪をきるつもりであったのでしょう。幸平と正司が酒宴のあとで示した逆上的なフルマイなどは、母親にその疑いを起させるに充分の理由があったのでしょうね」
 新十郎が語り終ると海舟がうなずいて、
「なるほど。だが、左近を必ずしも悪しざまには云えまい。人が悪魔たることはボンクラにまさること数千倍。非凡であるな」
 虎之介がギョッとしてマンまるい目の玉をむいた。




前へ 次へ
全13ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング