ネの仕業であったろう。
同室の四名の男はかねて答弁を言い合わした様子もないのに、まったく同じような返事であった。四人は各自が人に狙われているとカンチガイして、隣室で左近が殺されたのに気附いた者は一人といえどもいなかったし、その疑いを起したものもいなかった。自分の一個の大事に逆上して取りみだしていたのだ。
とにかく、いくらか違った返事のできるのは、左近とねていた久吉だけであった。
しかし久吉の返答は実にカンタンであった。つまり目がさめたら人がドヤ/\部屋の中へはいってきた。そのちょッと前に目がさめていたが、暗闇で何も見えないので、何かの音がするけれども、フトンをかぶっていた。何かの音は左近の死んだ音ではなくて、多勢の人の音のようであった。久吉がポツン/\と語ることはそれで全部で、一そうワケが分らなくなるばかりであった。
警察の断定はハッキリしていた。ミネの夫殺しであり、そのための自殺であった。アンドンをつける落着きをもつ唯一の人物ミネが、かかる冷静な犯行をなしうることはフシギではない。彼女が夫を殺したい気持は鬼といえども同情の涙をもって許したであろう。この住家に左近以外の唯一の同居者たるミネが、カンヌキを外すコツも心得ていたのはフシギではない。
「ミネが夫を殺して自殺したものと断定しますが、結城さんの御意見は?」
と署長に訊ねられた新十郎はカンタンにうなずいて、
「それで不満はありません。世間の人がそれに不服を言うこともありますまい。誰かが殺さなければ、私が殺したかも知れません。わざわざこの犯人を探すぐらいなら、武田信玄が自然死であるか、他殺であるか、自殺であるか、その犯人でもさがした方がマシなぐらいですよ」
と新十郎は苦りきって答えた。
★
海舟の前に、珍しや新十郎と花廼屋《はなのや》と虎之介がズラリと並んで坐っていた。
海舟は事件の状況をこまかに聞き終って、例の如くナイフを逆手に悪血をしぼっていた。海舟は水野左近にはツキアイがなかったが、旗本の大身であるから、その名を知らないわけはない。虎之介は志道軒ムラクモの少年時代の剣術の同門で、年配も同じぐらいであった。もっとも志道軒は二十の年で勘当されたから、虎之介も彼について深い記憶があるわけでもない。
海舟は悪血をとりながら新十郎に向って、
「板戸のカンヌキは外側から工夫してあ
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