くるような悲しくすさまじい顔であった。
左近が一万七千円を投じて眺めてたのしみたかったのは、それらの顔であったらしい。それらの怒りや逆上や憎しみであったのだろう。彼にとって血のツナガリや家族とはクサレ縁、むしろ悪縁ということだ。悪縁の者どもが己れに向って人間の発しうるうちでその上のものはないという憎しみや怒りや逆上に狂うのを彼は眺めたいのであろうか。彼の冷い血は、それを眺めてはじめて多少の酔いを感じうるのであろうか。まったく彼の体内に赤い血があるとは思われない。青い血や黒い血が細い泥のように流れているかも知れない。これが人間だということも、自分の父だということも、考えることができなかった。
「これが五年前のことでござんすよ」
と、倉三は長い話を一と区切りして、冷い杯をなめた。
彼の顔は妙にゆがんだ。はげしい嫌悪が、とつぜん彼の顔に現れたのである。草雪が瞬間ギョッとしたほど生々しいものであった。倉三は平静にかえった。
「さて、五年前は、とにかく、これで済みましたが、五年後に何が起ると思いますか。その五年後が、実はあしたなんで。イエ、あしたが五年目の同月同日てえワケではありませんがね。五年前に輪をかけたことがオッぱじまろうてえ段どりで、私は永の奉公の奉公じまいという三日前に、旦那の云いつけで、一々案内状を持ってまわって来ましたんで。明日は水野左近の息子と孫がみんなあそこへ集りますが、そこで何がオッぱじまるかてえと、これが五年前にチャンと水野左近の頭の中に筋書ができていたのでさアね。呆れた話で」
倉三はムッと怒った顔になって、ちょッと口をつぐんだ。
★
五年前のあの時には、何事にもジッと堪え忍ぶことに馴れているさすがのミネも血相を変えた。わが身のことに堪え得ても、子供のことには堪えられぬ母の一念であろう。
あまりと云えばムゴタラしい仕打ちです。それではこの子があまり気の毒です、と、日頃の我慢を忘れて泣き狂い叫び狂うミネの狂態を半日の余もじらしたあげく、左近は薄笑いをうかべて、こう云ったのである。
「なるほど、片手落ちはいけないな。五年目にお前の子にも、なんとかしてやろう。五年ぐらいは夢のうちだな」
その五年目が明日であった。
その三日前、倉三が当日限りでヒマをもらうという最後の日によびよせて、
「今日がお前の奉公じまいの日だな。奉公
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