違ない。岩のような巨体に、覆面をおろして、火焔の中に身動きもせず立っている。生き不動のように。
別館に居るべき筈のない駒守である。すると、駒守に似ているが、あれこそ風守なのであろうか。血をひく孫であり、同じ覆面であるから似ているのは当然かも知れない。誰にも姿を見せたことのない風守だから、人々は判断に迷った。
「大殿さま。早く、早く、逃げて」
人々は狂ったように叫んでいる風守の侍女政乃の声に気がついた。風守をよく知る政乃が大殿さま、と呼びかけているのだ。まさしくそれは別館にすむ孫ではなくて、当主駒守に相違なかった、どうして彼が別館の中にいるのだろう。彼はなぜ逃げようとしないのだろう。
火事がさらに一時にひらめいてすべてをつつんだ。身動きもせず立ったまま、駒守の姿は火焔の中に没したのである。
別館を焼きつくして、火は消えた。消防がおくれて、完全燃焼の自然鎮火にちかかったから、焼死した人の姿は白骨の細さにちかい黒コゲとなって発見された。まさしく二ツの屍体が現れたのである。一ツは生き不動の駒守が立っていた位置に。一ツは風守の座敷牢の位置に。当然各々の在るべきところに在ったのである。
これで済めば別に問題はなかったのだ。もう一ツのフシギがあった。あの時以来、木々彦の姿が失われてしまったのである。
三日すぎ、十日すぎても、姿を現さなかった。それを怪しんだのは一枝であった。彼女は英信を疑った。火事の起る直前の英信の挙動は奇怪をきわめているのだ。
別館で焼け死んだのは駒守、風守の二人であろう。しかし、ほかにも事件があった筈だ。それは英信が木々彦を殺したという事件であるにきまっている。英信は強い体力はないけれども、当夜の木々彦は精根つきはてて疲れきった廃人だった。子供の力でも締め殺すことができるような無力な木々彦であったのである。
何か重大なワケがあったのだ。木々彦を殺したのも、別館へ火をつけたのも、英信の仕業に相違ない。火事の直前のフシギな挙動がそれをハッキリ証明している。
一枝の話をきいて、水彦は木々彦殺しの容疑者として英信を訴えでた。それは火災後十日すぎて、駒守と風守の葬儀がその故郷で行われた後であった。
木々彦は果して殺されているか? 雲をつかむような得体の知れぬ事件であった。事件の存否も確かではないのに、容疑者をあげるワケにはいかない。そこで新十郎が調査をゆだねられて、怪事件の解決にのりだすこととなったのである。
★
本家の家族は八ヶ岳山麓へひきあげていた。学校へ行かねばならぬ光子も文彦も、喪のあけるまで、まだ当分は上京しない様子であった。東京に残った召使いは、故郷の村から連れてきた人たちではあったが、別館へ足ぶみしたことのない者ばかりで、彼らから多くのことを訊きだすことはできなかった。ともかく水彦一枝の父子や別荘居残り組の召使いから訊きだすことができたのは、きわめて空想的な多久家の相続問題や風守の病気についてのアウトラインにすぎなかった。
新十郎はそれを整理して、風守の生母が自害したという風説がそれまでに知り得た最も重大な何かだと思った。
新十郎は八ヶ岳山麓まであくまでつき従うという盤石の決意をくずしそうもない花廼屋《はなのや》と虎之介に、ちょッと淋しそうな顔をして、こう言った。
「八ヶ岳の麓の村では、多久家は神様ですよ。信仰深い村人から神様の秘密をききだすことができると思いますか。一人のこらず貝のように黙りこんでしまうでしょうよ。それでもこの旅行に興味がもてますか」
「アッハッハ。貝殻に喋らせるには、田舎通人の極意があるね」
と花廼屋はアゴをなで虎之介はダラシなく帯をしめ直しながら、
「すべて緩急の呼吸は剣術に似て同じもの。人情のキビも剣術の呼吸ではかれる。お若いうちは、ここが分らないものだ」
と悦に入って高笑いした。こうして一行は八ヶ岳山麓へ到着したのであった。
村人たちはまさにカキのように口を開かなかったが、意外なところに、そうでもない人たちがいた。それは多久家の人々であった。彼ちは怖しい圧力をうけていた駒守の死によって解放されていたし、また自ら潔白であったから、気附いたことを語るのに怖れなかった。特に光子がそうであった。
彼女は出火直前の英信の様子が不審であったことについて、一枝に同意の証言を行うことを慎しむように心掛けた。新十郎たちの調査の主点がそこにあると思ったからである。その点こそ、出火事件の最大の秘密であると自ら信じていたせいだ。彼女はそれを隠した代償に、英信についての他のことはみんな喋った。
新十郎は、藤ダナの下で英信が光子と交した言葉に甚しく興味を持った。それをきいた良伯が目をまるくして棒をのんだようになったのである。その会話のすべてについてではなく、一
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