源のツラ憎いこと。それにくらべれば、どんなことでも我慢しなきゃアいけますまい」
実に尤も千万な忠告だった。なるほど、そうだ。本妻といえば、お米じゃなくて、お久美のはずだ。それを今さら駒子に打ち開けるのは切ないが、お米お源の出現に誰よりも悲しい思いを噛みしめている駒子のこと、彼女の母が正二郎の本妻であったと知って驚くにしても、時によりけり、杖とも力とも頼む思いがするかも知れん。そこで駒子に昔の事情を隠すことなく細々と打ちあけた。
「私にはお前があるし、お久美には今は連れ添う男があると知ったから、前世の宿縁とあきらめすべてを知らぬフリでこのまま過したいと思っていたが、お米お源が現れては仕方がない。お前の立場も私の立場も苦しいが、お米お源に住みつかれるよりはどれぐらいマシだか分らない。一応お久美とお園をここへひきとって、正式に訴えて出るから心をきめておくれ」
実子とは云え、まだ見たことのないお園にはさほどの情も覚えないが、お久美には顔を合せるのも心苦しく、はずかしい。全ての責任が小心弱気の自分にあったのだとツクヅク思い当るからである。
駒子もあまりの意外さに呆れたが、思い返せば、誰が企らんだわけでもない。知らぬうちに、大きな運命の手が義理の父と娘を不義の仲にしていたのである。しかし、これが不義であろうか。ただ運命があっただけだ。正二郎にも自分にもヨコシマな思いはミジンといえどもなかったのだ。
「お母さんがここへ来たら、私はどうなるのでしょうか」
それが何より訊きたい言葉であったが、言うことができないのだ。怖しいのだ。天地に羞じるところはないが、浮世の義理人情が怖しい。母は再び正二郎の妻であろうか。そして自分は、どうなるのだろう? その時こそは、本妻の娘が義理の父のメカケでありうることは許されないに相違ない。自分はいッたい、どうなるのだろう。正二郎も母もお園もそれで万事うまく行くかも知れないが、自分だけは、いったい、どうなるのだ。自分の味方は天にも地にも居ないではないか。
今にも胸がはりさけて破裂してはじけ出るかと思われるその切ない言葉が、たった一ツ言うことができないのだッた。
「まア、うれしい。お母さんや、姉さんが、ここに住んで下さるの。散々お世話になり迷惑ばかりおかけしたお母さん姉さんですもの、一しょに住めるなら、私はどんなことでも辛抱するわ」
駒子はこの上
前へ
次へ
全22ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング