かった。
「ここは私たちのウチだもの。歴とした本妻だし、その母だもの」
 二人の女は言い張った。とりあえず二三日は近所に宿をとれとすすめても、正二郎が困れば困るほど威丈高で、自分の家を主張して譲らなかった。
 邸内に庭園をはさんで同じような立派な西洋館がもう一ツあった。それは正二郎が一力の上京中の宿のためにマゴコロをこめ善美をこらして用意したものであった。二人の女はその別館に目をとめると、
「じゃア私たちは邪魔にならないように、あっちへ泊めてもらいましょう」
 一人ぎめに住みこもうとすると、この時ばかりは正二郎が、百雷の落ちるが如くに激怒した。
「何を言うか。無礼者め。別館に泊ることができるのは、天下に恩人兵頭殿をおいて外にはいないぞ。ただ恩人の恩に報い、恩人をもてなすためにオレがマゴコロをこめて用意した別館だ。一足でも踏みこんでみよ。ひねりつぶしてやる」
 二人の女はちょッと顔色を変えただけだった。正二郎が時を得顔に猛りたち威張りちらすのは、兵頭一力という名に力をかりているだけのことだ。大義名分があるからである。妾のお駒の名をかりてはグウの音もだせないのである。また、ほかの名によってはグウの音もでないから、兵頭一力の名で百倍も威張りかえっただけのことだ。
「オヤ、そうかね。そんな大そうな御殿だとは知らなかった。こッちの方は私たちのウチなんだから、さア、さア、遠慮なく部屋をとりましょう」
 大義名分によって百倍も威張り返った罰には、それなくしては百倍もしおれることを見抜いている悪達者な女二人、口惜しいながら何も言えない正二郎を尻目に、セセラ笑って勝手に自分たちの部屋をきめた。
 三日五日十日とすぎて、ちゃんと納ってしまうと、かねて手筈が打ち合せてあったと見えて、松川花亭が二人の女を訪ねてきて、これもそのまま住みついてしまった。お源とお米はすましたもので、会社から戻った正二郎をむかえて、
「私たちのところへお客様が来たから、当分お泊めしますよ。イエ、あなたには関係のない私たちのお客さま」
 オセッカイは無用といわんばかりの切口上であった。誰かと思えば、松川花亭ではないか。しかし今さら、花亭の如き一ツを捉えて怒ったところで何になろうか。怒るなら、また、追いだすなら、みんな一まとめに追いだすことだ。彼はイライラと考えた。
 彼が何より不安なのは、あの暗い井戸端でフグをつく
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