ろ戦争がはじまるぜ。上野寛永寺へたてこもることにきまったのだ。おいらも威勢を見せてやろうじゃないか」
「それは面白いな。酒もバクチもちょうど鼻についてきたところだ。正二郎。長らく世話になったが、面白い遊びを教えてやるから、一しょにこい」
 江戸城開け渡し。軽挙モウドウをいましめるフレはでているのだから、正二郎はフレに反した戦争などはしたくはないが、この連中にこう云われると、否応ない。お久美は姙娠八ヶ月。父の野辺の送りのすんだ直後に、身重の身を一人とりのこされては生き行くスベもなかろう。そこで、おそるおそる、
「家内が姙娠八ヶ月で」
 と云いかけると、
「バカヤローめ。女房のお産がすむまで戦争を待ってくれてえ侍が大昔からいたと思うか。ききなれないことを云う曲者じゃないか」
 と怒鳴られて、別れを告げるイトマもあらばこそ、手をとられ、腰をつかまれて、夢のように上野寛永寺へたてこもってしまった。
 戦争に負けたが、正二郎も加えて十三名のこの一隊、一人も手傷を負った者がない。要領のいい奴らで、戦争を遊山《ゆさん》と心得てかりそめにも勇み立つようなところがない。しばらく旅にでるのも面白かろうと、江戸を逃げのびて、中山道から道をかえて奥州へ。戦争話の駄ボラを吹きながら、無銭飲食、無銭遊興を重ねて、二本松から、仙台、とうとう塩竈まで逃げ落ちた。道々の諸侯の動勢は予期に反して必ずしも幕府方ではない。豪傑ぶって落武者をひけらかしていると、いつ召し捕えられるか知れたものではない。江戸へ帰るわけにはいかないから、船で松前へ落ちのびることにきめた。ところが、船をだしてくれる船頭がいないのである。カカリアイになるのが怖いから、特別の船をだしたがらない。松前行きの便船がでるまで待て、というので、一行は一ヶ月ほど塩竈の遊女屋に流連《いつづけ》して便船を待った。もうヤケだった。召し捕るなり、殺すなり、勝手にしろ。刀をふりまわして死んでやるから。刀をひきよせ鯉口《こいぐち》をきッて酒を浴びつづけている。遊女屋も疫病神とあきらめはしても、彼らが浴びるほどの酒を連日はだしきれない。そこで酒の徴発に差しむけられるのが正二郎であった。彼が酒屋へ行って、おとなしく頼んでダメの時は、一同が刀をぬいてサイソクに行くから、最後にはどこでも、だした。
 彼らは塩竈の鼻ツマミ者になった。イタチ組が通るというと、町中大戸
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