ち上った。塩壺を持って井戸端へ行き流しへ塩をあけて水で洗い流した。彼女は再び台所へ戻り、塩のつまった大きなカメから、二ツカミの塩を壺の中へ入れた。
 ちょうど、それをやりとげた時だった。二階からギンとソノが駈け降りて、入間玄斎をよびに駈け去ろうとしたのである。
 階下では宇礼が、階上では志呂足、須曾麻呂、比良の三名が、それぞれ捕えられていたのである。
 新十郎は苦笑しながら警官たちに説明した。
「宇礼がミコで、暗示にかかり易い娘と見こんで、やったまでのことですが、ほかに証拠が一ツもないので、破れかぶれ窮余の策というわけでした。うまくいったらオナグサミというところでしたね」
 彼も大いに辛らかったらしい。
「この事件を説くカギは、甚八をよびよせたのはなんのためか、というところに気がつけばよかったのです。はじめから甚八は千代に殺された如くに毒殺される役割でした。甚八の毒死によって、二十年前の津右衛門の死が毒死としてよみがえる公算もあります。それも千代には不利な事となったでしょう。偶然にも、甚八と千代は石の下を見破った地上に二人だけの人物でした。このために益々千代は苦境にたち、自分の無罪を大胆に主張することもできないようなハメにおちこんでしまったのです。甚八をわざわざよんでおきながら女中や下男なみの食事をあてがって、帰りたければ勝手に帰れ、お前なんぞは特別に用のない人間だと人々に思わせたあたりは一歩あやまれば水泡に帰する巧妙大胆な策略でしたろう。また、実演の席で須曾麻呂が甚八をよびすてにして怒らせたのも巧妙な策。腹をたてれば誰しもノドがかわくし、その場の事情やツツシミを忘れて一息にお茶ものもうというものです」

          ★

 虎之介の報告をきいて、海舟は静かにうちうなずいた。そして、何も云わなかった。
 やがて房をよんで、碁盤を持参させた。
「虎は碁をうつかエ」
「ハ。ヘタの横好きで」
「虎のタンテイ眼では、碁がヘタなことは知れている。石の下を心得ているかエ」
「ハ。それを心得ませぬのが、まこと痛恨の至りで」
「石の下とは、こんな手筋だ」
 海舟はサラサラと並べてみせた。それを私が代って読者に解説すると次のようなことになる。



底本:「坂口安吾全集 10」筑摩書房
   1998(平成10)年11月20日初版第1刷発行
底本の親本:「小説新潮 第五巻第五号」
   1951(昭和26)年4月1日発行
初出:「小説新潮 第五巻第五号」
   1951(昭和26)年4月1日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:松永正敏
2006年5月11日作成
青空文庫作成ファイル:
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