、切支丹でもあったと云われているのですよ」
 田舎通人はニヤリと笑って、
「それじゃア私は隠し物は切支丹の祭具と見るね。金箱だという説は誰しもいい加減に思いつく空想だが、切支丹てえのは、しかるべき達人のニラミがないと見破れない」
 虎之介はこれをきいて呵々大笑。
「何年たっても半可通の頭だねえ。系図の文句を読み落さないように気をつけることだ。当家大明神大女神也とあるのはどうだ」
「それは即ち当家切支丹の開祖大女神ということさ」
「ハッハ。このウチには切支丹らしいものが何一ツないじゃないか。デクノボーめ」
 すべてを調べ終って、千代をよびだした。千代は蒼ざめて力のない様子である。新十郎はイスをすすめて、
「あなたがお茶をいれたのはマチガイありませんね」
「ハイ」
「お茶をいれて、それを二階に持って行く時刻はあなたがはかったのですか」
「いいえ。その指図は宇礼さんです。宇礼さんもミコですから、神の霊がのりうつッて、時刻がお分りなのやら、私たちの前にピッタリお坐りで、一々指図なさるのでした」
「ときに、あなたは、碁がお強いそうですねえ」
「イイエ」
「御ケンソンはいけませんね。初段格はおうちになさるということを古い碁客から承りましたよ。あなたは御主人と甚八の四目の碁の終盤をごらんになりましたね」
「終盤だけ見ておりました」
「どんな碁でしたか」
「さア。黒によい碁でしたが、一隅の黒石が死んだので足らなくしたようでしたが」
「なにか筋を見落したということでしたね」
「見落しがあったようです」
「その筋は石の下ではありませんか」
 新十郎の声は、にわかに早口で、高かった。千代はビックリして目をそらした。千代は答えなかった。
「甚八は村の方々をまわって、このへんに有名な石、珍しい石はないか、ときいていたそうですね」
 千代は黙して答えない。
「とうとう川越の居酒屋で、タナグ山の祭神が、石だということを突きとめて、次の日からタナグ山へわけこんで歩きまわっていたそうですね」
 千代はまだ答えながったが、新十郎は一向に気にかけない風であった。
「甚八はあなたの兄さんに答えて、オレが石をきいてまわるのは、仏が死ぬとき指したのが碁盤じゃなくて碁石だからと考えてみたからだと云ったそうですね。たしか甚八はそう申したそうですね」
 千代は尚も答えがなかった。
「あなたは茶をもって二階へ上ったとき、二人のどちらへ先に茶ワンをだしましたか」
 千代は驚いて顔をあげたが、蒼い顔にちょッと血の気がさした。
「甚八さんへ先に差上げたと思います」
「どのへんの位置へ差しだしましたか」
「膝のすぐ横手でしたでしょう」
「次の茶ワンは?」
「東太の膝の横手です」
「兄さんの前ではありませんか」
「いいえ。そこは兄の前にも当りますけど、兄は一膝ぶんぐらいひッこんでおりましたから、東太の膝にすぐ近く、兄の膝からは二尺ちかい距離は離れておりましたろう。特に気をつけてそこへ置きました」
「なぜ特に気をつけたのですか」
「二十年前を再現すること、したがって、兄のためではなく、東太が亡父の身代りですから」
「二十年前には、二人はお茶をのんだでしょうか」
「覚えがありません」
「東太さんはのみましたか」
「いいえ」
「よく覚えていますね」
「居眠りしていて、お茶がそこにあることを知らなかったと思います。ソノがドビンを持って茶をいれ代えにきたとき、東太の茶ワンは手づかずに茶が残っていました」
「そう、そう。ソノもそう申していましたよ。その後はどうでしたでしょう」
「その後のことは記憶しません」
「茶に食塩を入れるのは、いつごろからの習慣ですか」
「私が当家に嫁しましたとき、すでに当家の習慣でした」
「甚八はお茶を一息にのみほしたそうですが、あなたは見ましたか」
「見たような気もしますが、そうでないような気もします」
「あなたは、いま、何が一番気がかりですか」
「東太のことが気がかりでございます」
 それから新十郎は東太のことを話題にして、その幼少のころのこと、今のこと、いろいろと何十分もきいたアゲク、訊問をうちきったのである。
 それから新十郎は千頭家へ赴いて、ギンとソノをよび、千代が茶を入れる時の動作をよく思いだすように命じて、二人にそれを実演させた。
「別に変った様子、変った挙動はなかったのだね」
「変ったことは一向にございませんよ」
「その塩の壺を持ってきてごらん」
 女中から壺をうけとると、中をしらべていたが、つまんで舌へのせてみた。彼はすぐ吐きだして、
「たしかに塩だ。この塩の分量が、近頃メッキリへらなかったかね」
「そんなことは気がつきませんね」
「ヤ。ありがとう」
 新十郎の調査はそれで終りであった。
「さア、東京へ戻りましょう」
 彼は二人の連れに云った。
「いったん東
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