海舟の推理は巧妙に天鬼のカラクリをついて上出来だった。なんたる眼力! 虎之介はことごとく舌をまいて、平伏してしまった。

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 千頭家では、今日しも、第二回目の実演が行われていた。碁盤の向うに、東太、天鬼、上座に志呂足、下座に比良、中に須曾麻呂が座をしめているのは前日と同じだが、甚八の代りには花廼屋がニヤリ/\と鼻ヒゲをひねって坐っている。廊下には官服私服の警官がジッと見物しているのである。
 さて階下の台所では、今しも千代がお茶をいれるところだ。その正面に宇礼が坐って、それを見つめている。ギンとソノもその近いところに座をしめている。千代はドビンに茶をいれて塩を入れ、熱湯をついで、火にかけた。しばらくフットウさせてから、二ツの湯のみに茶をついだ。それを持って階上へあがる。
 次に宇礼の命令によって、ウドンをつくりはじめる。ウドンができる。ギンがウドンをもち、ソノがお茶のドビンを持って二階へ去る。今や残ったのは宇礼一人である。その正面に向いあっているのは新十郎。そして、ここにも官服私服の警官がそれをとりまいていた。
 新十郎は女中が立ち去ると、宇礼をうながした。
「さア。それから、あなたが前日した通りのことをおやりなさい」
 宇礼はハッと新十郎を見つめた。
「さア。つづけて、おやりなさい。この前、あなたがした通りに」
 宇礼はゾッとすくんだように見えた。新十郎は彼女の前へ三歩四歩近づいて、坐った。
「やるのですよ。この前にあなたがした通りのことを」
 新十郎の視線は宇礼の目にくいこんで放れなかった。決して強い力で睨んでいるのではない。ただ見つめているだけであるが、まったく変化がなく、ゆるむことも、強くなることもなかったし、とぎれることもなかった。よそから見ればなんでもない視線であるが、その一途な粘着力でからみつかれた相手の目には、どうしようもない重さであった。視線は厚みも重さもある棒状のものとなって、目の中へグイグイくいこんでくるし、そこまで意識してしまうと、モチのように宇礼の頭にからみつき、重く突きこみ、こねついて頭全体がその重みだけでつぶれそうになるのであった。
「それ。この前あなたがしたことを、あなたがしてみせなさる番ですよ」
 宇礼の顔はあわれみを乞うのだか、絶望したのだか、新十郎に挑むのだか、わけが分らない顔になった。宇礼はフラフラ立
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