いという年寄。甚八の言葉をよくギンミしながら、
「そうだねえ。石にも色々あるが、庭石に使いなさるのか」
「それがだ。この旦那がタダの旦那と旦那がちがう。まア、大金持の気違いだと思えばマチガイねえや。人間のやらねえことを、やってみたいてえ気違いだね。太閤が大阪城で使った何百倍の大石でもかまわねえから、大小に拘らず天下の名石を探してこいてえ御厳命だね」
「このあたりで名石というのは、あんまりきかないねえ」
「山か河原でもかまわねえが、石がタクサンあるようなところはないかね」
「そうだねえ。石がタクサンあるてえば、山の神だが、こいつァ庭石になるかねえ」
 甚八はグッと胸にくる驚きを抑えて、
「へえ。山の神てえのが、石の名所か」
「この近在のタナグ山に山の神があるのだが、お客人は田舎のことに不案内のようだが、この山の神てえものは御神体が山でもあるし、また石だね」
「その石は山のどこにあるのだ」
「慌てちゃアいけねえなア。オレが見てきたワケじゃアねえ。山の神だのサエノカミてえものは石を拝むものだてえ話さ。ホコラの代りに石がころがってるだけのものだね。名石だか、奇石だか知らないが、タダの石かも知れないよ。行ってみればどこかに石があるのだろうが、それを東京へ持って帰るわけにもいかねえだろうよ」
 志呂足の奴め。するてえと石の下を見破ったのはオレに限ったことじゃアない。オレは津右衛門の指す盤面から見破ったが、志呂足はほかの筋からたぐりやがったのだろう。だが、待てよ。奴メが知っているなら、今ごろは石の下を掘り当てているはずだな。するてえと志呂足は山の神までたぐりよせたが、石の下とは知らねえな。
 その翌日、甚八は何食わぬ顔、鳥居をくぐってタナグ山へふみこんだ。見たところすぐ頂上へ登れそうな低い山だが、どう致しまして。第一、道はたちまち消えてなくなる。谷川づたいに登ると、両側は絶壁になって、とても、よじ登れやしない。森の中へふみこむと、視界がきかなくなって、辛うじて登りつめたところはようやく中腹。おまけに本当の頂上がどっちにあるかハッキリしないし、うっかり進むと下山の道に迷う危険がある。
「さすがに一筋縄じゃアいかねえや。そうだろうなア。大八車に何台という財宝を隠すからには、いかに神田の甚八の眼力といえども、易々《やすやす》見破れるものじゃアない。山てえものはバカにならねえものだなア。
前へ 次へ
全34ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング