と、次には、それを盗んだ者が何人であるかを突き止めることに努力しました。要するに殺した人が盗んだと思ったのですが、それは当然の着想だったと申せましょう。そこで殺人の現場をつぶさに調べたあげく、犯人を知る代りに、アベコベの物を発見しました。つまり、失われたと諦めた宝石を発見したのです。宝石は屍者のはいた靴のカカトにはめこまれていたのです。屍者は死の瞬間に足を蹴ったので靴のカカトが外れかけていたのです。それに注意した今村氏は、それが専門の靴屋によって精密に造られた二重底の宝石入れで、船長が今日あるを察して出発前に用意した密輸用の容器であるのを知り得たのです。二ツの宝石はその中にありましたが、今村氏はそれをポケットへ納めずに、再び屍者の靴のカカトの中に戻して、誰にも分らぬように蓋をしてしまったのです。なぜならもしも宝石を所持しているのを発見されると、船長殺しの汚名まで蒙らなければならないからです。後刻、人々の油断を見すまして宝石をとりだす時間はあるものと思ったのでしょう。そこでロウソクをふき消し、扉をしめて廊下へでましたが、ええ、ままよと思い、すでに船長が死んでしまえば怖い者はありませんし、それが八十吉君を殺した動機でもありますから、にわかに堪らない気持になっておキン夫人の寝室へ忍びこんだのです。然し、目的を果し、酔いがさめると、にわかに怖しくなり、自分の部屋には寝《やす》まずに、既に人々の寝静まった宴会部屋へ戻って素知らぬフリで眠ってしまったのです。その結果として、大和君の傍若無人な船長代理ぶりに妨げられて靴のカカトの中の宝石は、遂に再び手中に収める機会を失したのです。従って世界に類なき宝石は、船長の屍体もろとも再び海底へ戻ったのです」
新十郎はニコニコして一同を見廻した。
「さて、みなさん。以上によって分りました如く、船長殺しの犯人は、それが目的であったにも拘らず、二ツの宝石を奪うことができなかったのです。彼が開いた金庫の中には無かったのですから仕方がありません。そこで彼はどう考えたでありましょうか。すでに誰か先に盗んだ者があると思ったでしょうか。否々。船長は概ね自室を離れませんから、その時までに盗む機会はなく、又、盗まれて気附かぬ筈はありません。したがって、金庫の中になかったとすれば、盗まれた為ではなくて、始めからそこに無かった為であると思ったのです。彼はこう結論
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