たのである。はからざることが起った。黒真珠の更に倍もあるような、白銀色サンゼンたる正円形の巨大な真珠が現れたのである。実に五百三十グレーン。世界最大の真珠である。古来の伝説に於てすら語られたことのない巨大な真珠であった。
 その真珠を手にうけとって眺めまわしていた清松の額から冷汗が流れ、目が赤く充血してきた。吐く息が苦しくなった。人々は呆気にとられて彼を見つめた。清松は黙々と宝石を畑中に返した。すると彼はそのままゴロリと後へ倒れた。
「アアッ!」
 叫んだのはトクと八十吉とキンと竹造と同時であった。トクは走り寄った。
「潜水病だ!」
 八十吉は仁王立になって、
「まだ陽もある。波も静かだ。海底へ降してふかすのだ。早く手当てすれば、早く治るのだ。潜水船を降してくれ」
 清松は巨大な真珠に盲いて無理をしたのである。老貝を探すために一時も長く海底を歩こうとした。老貝を探してつい深海へも降りて行った。その無理からである。ふかす、というのは当時に於ける唯一の療法。自然にあみだした日本潜水夫の療法だが、理にかなっているのである。つまり病人をもう一度深海へ降すのだ。軽症ならば、深海へ降すと、そこにいるうちは治った状態になる。これを徐々に上昇させて、くり返すうちに全治させる方法であった。
 幸い清松は軽症だった。肩から両手にかけて、又、膝の下に痺れが残った程度で、三日もたつと激しい苦痛はなくなってしまった。
 積みこんできた食糧や水の用意が心細くなっていた。しかし清松をふかさなければならないので、畑中は一同が帰国を急ぎたがるのを制していたが、五日すぎて清松の身体に肩の痺れが残っているだけ、もう水中へ降さなくとも自然に全治すると分ったので、いよいよ出帆、帰国ときめる。その晩は酒を配って長々の収穫を祝う。
「さて、明日は一同に真珠を分配するぜ。まったく木曜島あたりじゃア想像もつかないような大収穫だ。帰国の途中には広東や杭州などのシナの賑やかな港によるから、早く金に代えたい者は代えるがよい。一番不足の取り分の者でも、三万や四万円にはなるはずだ。世界一の首飾りの玉の一つになるようなのを誰でも一ツニツは手に入れるのだから豪勢だ。真珠は銘々が控えもあることだし、一ツも不足なく金庫に眠っているから、明日を楽しみに今日はゆっくり飲むがよい」
 そこでその晩は大酒盛りになった。畑中は特に八十吉夫婦と
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