きいた。
「野草さんて、どういう方?」
 こうきかれて、正司はイマイマしげに、顔をそむけたが、
「彼奴《あいつ》は以前、うちの下男をしていた奴さ。何かボロもうけして成りあがったらしい。あんな奴には挨拶にも及ばないぜ」
 と答えた。
 今にして、咲子は思い当るのだ。野草も、亡父の癩病、発狂、自殺、を知る人物なのである、と。医師一人で始末のつく事件ではなかった筈だ。誰かしら、召使いの中にも、それを知り、その後始末に立働いた人物が居るのは当然であろう。野草もユスっているのである。毎月、必ず月末に来ることでも、それを知ることができる。
 当時、癩病は、伝染病ではなくて、血筋であると思われていたから、咲子の思いは、当然良人も癩病の筋をひき、自分に生れてくる子供も癩病の血をひくものと信ぜざるを得なかった。
 咲子は自分の人生が、暗い幕で行手を立ちふさがれたような絶望を思い知った。この運命からのがれる術はないであろうか。彼女はすでにニンシンしていたのである。まだ良人もそのニンシンには気がつかない。彼女がそのニンシンを独り気がついたとき、その喜びを死の宣告に代えるための悪魔からの伝言のように、一也が呪
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