すぎません。当時ここにいた人は今は一人も居ないのです。しかし、何がでてくるにしても人の心を明るくしてくれることは出てくる筈はありますまいよ」
「ウーム。御|炯眼《けいがん》。先ず、そこから当り始めるのが順序でげす。ヤツガレもチクと同行いたしましょう」
と花廼屋《はなのや》が尤もらしく打ちうなずくから、虎之介も負けていられない。ナニ、バカな、といいながらも、手順を略してドジをふんでは心外であるから、そこで三人づれが、旅行することになった。
昔の女中たちの話からは、殆ど今までに分っている程度のことしか知ることができない。七人いた女中のうち全部はまわらなかったが四人には会った。当時、男の使用人は三人居た。野草のほかには、植木屋が一人、車夫が一人。これだけが庭内に宿をもらっていたのであるが、車夫も植木屋も今は行方が知れないのである。
女中たちの証言で、特に異様なことが一ツあった。新十郎は必ずこう訊くのである。
「奥様と娘のキク子さんは毎月どれぐらいの買物をなさるのだね」
「ハア、よくは存じませんが、時に一軒の店から五千円、一万円等と莫大なものがあったようです。それはまア貴金属類でございます」
「そのツケに書いてある半分ぐらいが万引の品なんだね」
「ハ?」
「奥様とキクさんが万引なさッた品物のことさ」
「ハア。万引でございますか? あの大家の奥様、お嬢様が万引なさる筈はございませんでしょうが」
「ホウ。東京では浅虫の奥様、お嬢様の万引といえば、かなり知れている事実なのだが」
「いえ。そんなこと、きいたことがありません。その筈がないではありませんか」
今迄の四人の女は、癩のことは渋々肯定しても、万引の事は必ず否定するのであった。
女の方の調べは終って、あとは二人の男であるが、どうにも行方の知り様がない。
車夫の方は東京でモーローでもやっているのか、てんで故郷へ寄りつかないから、どこにいるか分らないが、ヒマをもらった当座はなんでも、ためた小金で居酒屋のような店をもったが、自分がのみつぶして失敗したという話である。退職金にもらった金が、女中でも千円以下ではないから男は相当もらった筈で、小さな店をひらくには充分だったに相違ない。しかし彼が店をひらいて失敗しても、その後主家をゆすっていないところを見ると、彼も女中なみの秘密を知るだけで、直接屍体の後始末などにはたずさわらないようである。彼は浅虫家の小作人の子供であるが、その家の者は顔をしかめて、
「あの野郎は三人兄弟の末ッ子ですが、なんしろ雪国の野郎は大酒のみで、なまじ小金を貰ったのが却っていけなかったようですよ。三年前までは盆になると戻ってきて景気の良さそうなことをいっていましたが、店を潰してからは手紙一本よこしません。恥サラシをやらなきゃよいがと心配しているのです」
「年はいくつだね」
「今年は四十になりやがった筈です。女房子供五人家族ですから、妻子が哀れですよ。女房はこの村からでた女ですが、わりとシッカリ者で、なんでも貧民窟のようなところで内職して子供だけは育てているそうですが、こまったものです」
「すると離縁したのかね」
「いゝえ。時々金をせびりに行きやがるそうで、十銭二十銭の血と汗の銭をせびって消えて行きやがるそうです」
女房の実家できいてみても同じ程度のことしか分らなかった。
植木屋の行方の方は、さらに雲をつかむようなものである。彼の生れは秋田であった。三人はそういう遠路まで出向いたのである。彼の故郷の家人は頭をかいて、
「どうも、あの野郎の行方は全くわかりません。元はここの殿様のお屋敷の植木職の親方のところへ十三の時から住みこんだのですが、二十一二のころ、浅虫様へ親方からの紹介で住みかえたのです。五六年つとめましたかね。別に女房をもらったような話もききません。こっちからあの野郎のところへ便りをだしたら、先日ヒマをとって出たという話で、それから五年になりますが、どこにいるともいってきません。独り身で気軽のせいでしょうが、しかし、もう三十一二の筈、どこで何をしていやがるかサッパリ心当りがありません」
どうにも仕様がない。それでも車夫とちがって、親方の住所が分るから、東京へ戻って親方の所も訊いてみた。親方も頭をかいて、
「ヘエ。どうもあの野郎は出来損いで。どこで何をしていやがるか、行方が分りません。職人の腕は良いのですが、腕にまかせて、よその職人が刈りこんだばかりの庭木を頼まれもせずに乗りこんでチョイと手を入れてくるような出すぎた生意気野郎で、それが面白いというお方もありましたが、そういう奴ですから、若造のくせに一パシ名人気どりで、鼻もちのならないところもありました。それがために、身を亡しているのかも知れませんや」
どうにも分らない。新十郎は残った女の居所をたぐり、燈台
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