のハズミで、実に事もなく、自分の家の呪われた血をバクロしたものだ。まるで自分には関係がないように。
未亡人の亡夫浅虫権六は病死となっているけれども、実は自殺したのであった。その自殺もタダの自殺ではなかった。彼は自分が癩病であることを知った。癩の徴候が現れたのを、ひそかに気附いたのである。彼はいろいろ癩について調べたあげく、自分がまさしくその病人の一人であることを確信せざるを得なかったのである。ついに彼は、発狂して、自殺した。しかも、その自殺の悲惨なること。彼は自ら刃物をふるって、自分の癩の徴候の部分の肉をえぐり、皮をはいだ。自らの額の皮までそぎ落したのである。そして、腹を一文字にさいて、自殺した。
咲子は一也の話をにわかに信用するわけにいかなかった。とは云え、良人にきいてみるのも怖しい。なぜなら、なんとなく思い当る節があるのだ。
この家へ家族のように繁々と出入するたった一人の人物がある。その親しさや、威張り返っている様子、人々がなんとなくその人物を煙がりながら鄭重《ていちょう》にする様子から、睨みの利く親類の親玉と思っていたら、正司が病気のとき、カバンをぶら下げ、医者になって、診察に来た。彼は花田医院の院長であった。決して親類ではないのである。
花田がくると、彼は未亡人の居間で酒をのみ、赤い顔をして帰る例であった。未亡人はゆすられているらしい。咲子は一也の話で、謎が氷解した思いであった。亡父権六の癩病、発狂、自殺、という事実を知っているのは花田だけなのだ。そして彼が、病死というニセ診断書を書いたのである。咲子はそこに思い当った。
正司は次男であった。キク子の上に博司という今年二十七になる長男がいるのである。ところが、彼は日本には居ない。父が死んでまもなく、百ヶ日もすぎないうちに、外国へ行った。そして五年になるが、まだ帰ってこない。そればかりでなく、向うの女と結婚して、もう帰国する意志がないらしいという話なのである。未亡人もキク子も、兄は死んだものと、すでに諦めきっているようであった。まったく、この家族たちの感情の上では、兄はもう居ないもの、帰らぬもの、死んだものときまっている様子である。咲子は生きている兄がいると知ったときに、信じられないような気持であった。その謎も、どうやら、解けるではないか。咲子は思い知った。博司は生きて日本には帰ることができないワケが
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