気で、無口で、てんで男など眼中にないらしい様子である。立居フルマイが荒々しく、投げやりで、奔放だ。そういう変り者であるから、万引の手口が豪放をきわめていて、人力とは思えないほどゴッソリ持ってくる。コートの裏に何十本というカギのついたヒモがぶら下っていて、ここへ反物を何十反もぶら下げてくるような、妙に芸のこまかい技巧派のところもあるのである。母の血をうけて利巧なことは確かであるから、粗雑、奔放のようでも、無口で陰気で考えこんでいるような放心状態のとき、実は万引の手口について新発明をこらしているのかも知れない。母にくらべて、大胆不敵、武者振り堂々たる万引常習者であった。
 彼女らにとっては、買うことと万引とは、結局同じことにすぎないのに、そこは病人のことで、万引は又特別、戦利品というような快感があるらしい。貧故の万引とちがって、金持の万引は完全な病癖なのだから、その快味は又、特別に相違ない。
 だから、買ってきた品物は、ちゃんと居間のタンスにしまうけれども、戦利品は土蔵の中へ秘かに隠して貯蔵して、その戦利品の山を日夜のぞきに行って満足しているのだ。だから彼女らは、土蔵の中へは誰も入れない。土蔵は、この家の一番奥の主人夫妻の居間、今では未亡人一人の居間であるが、そこに接している上に、カギは未亡人の手中にあるから、未亡人の眼を盗んで土蔵に入ることは誰もできない。ただ娘のキク子だけは母の居間に出入自由で、同時に土蔵の中へも自由に出入できるらしい。二人は特に仲が良いのである。共通せる病人のせいかも知れない。
 大金持の土蔵であるから、実に壮大雄渾な大土蔵で、花川戸の蔵吉という土蔵造りの名人が、九年かかって仕上げたという国宝的な土蔵であった。その大土蔵のどこに、どんな風に戦利品が陳列してあるのか誰も見ることが出来ないが、気品あくまで高き未亡人と、奔放にして美しき娘とが、時々そこへ忍び佇んで戦利品に魅入られている姿を想像すると、咲子は怖しくもあるが、凄いような美しさを感じないこともなかった。
 しかし変った家族である。何から何まで変っている。食事にしても、未亡人とキク子は未亡人の居間で差し向いで食べる。フキヤという小女がお二人の係りの女中である。
 正司と咲子は、二人の居間で食事する。これにはタケヤという小女が係りの女中だ。
 正司の弟の一也という大学生は自分の居間で一人で食べる。
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