々なカラクリ、実に明治最大の智能的殺人事件は、さすがの天才児新十郎もその謎をとくには血の汗のしたたる難儀を要したのである。彼は人に語って、かほど完璧な構成を示す犯罪は外国にも類例稀な、あたかも芸術的性格をおびだ天才的な作品だ、と賞讃したほどであった。

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 警視庁から出張した新十郎はじめ御歴々は探偵を諸方にだしてヒサの身元を洗わせると怪しい人物が多々浮んできた。
 ヒサの実家は菊坂の駄菓子屋、父はなく母親の女手一ツで細々と育てられたが、育つにつれてヒサの美貌は衣を通して光りかがやくばかり、菊坂小町、本郷小町、イヤ、東京小町だなどと評判をよんだ娘である。母親も人目にたつ後家であるから再縁をすすめる人も多かったが、菊坂随一の貧乏世帯を必死にがんばり通したシッカリ者、ヒサが光りかがやくように美しくなるから、ほくそえんで、これで苦労のしがいがあった、然るべき旦那をもたせて老後を安楽に暮しましょうと、せいぜい娘に虫気のつかないように油断なく気をくばっていた。けれども親が案ずるほど虫気がつくのは世のならい。
 ここに医学部の書生で、荒巻敏司という美男子があった。然るべき官員
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