と称する狂言作者見習いの文学青年、小山田新作という者がヒサを見そめて言いよっていたが、ついに短剣をつきつけて自宅の土蔵へつれこんで手ごめにした。気違いめいた男で、手ごめにしたアゲク、裸体にして柱に縛りつけてお灸をすえたり色々と折檻したから、往来を通りかかった巡査が悲鳴をききつけて土蔵へ踏みこみ、ヒサを助けだした。示談でケリがついて新作は罪をまぬがれ、いっそ妻にと正式に申しでた。傷物になっては仕方がないから、母親もあきらめて、新作へ嫁にやろうとしたが、ヒサがウンと言わない。そのとき、ヒサの面倒を見てやろうと名乗りでたのが真砂町に別荘をもつ中橋英太郎であった。話はうまく進んで、ヒサとその母は向島の立派な妾宅に住むこととなった。それがこの五月、わずかに半年前のことであった。
 しかしヒサと敏司の仲は今もつづいていた。敏司は名題《なだい》の道楽書生であるが、ヒサに対する愛着の念はひたむきで、ヒサが中橋の妾になったのを一度ははげしく恨んだが、考えてみれば自分は親のスネをかじる書生の身であるから是非もない。卒業して一本立ちになったらきっと妻に迎えるからと、二人は逢う瀬をたのしんでいた。
 ところが
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