へ出頭して係りの探偵一同に参集をもとめた新十郎は、犯人のカラクリを静かに説きあかしてきかせた。
「今まで接した犯罪のうちで、この事件ほど巧妙に組み立てられたものはありませんでした。カラクリは幾重にもはりめぐらされて重点を巧みにそらし、殆どつけいる隙がない如くに完璧な構成を示しております。メンミツに計画され、一ツ一ツが予定の如く確実に実行されたもので、一石が一石ごとに意味を果し、殆どムダ手というものを見出すことができません。しかし、かほど完璧に遂行された犯罪も、なお完璧の故に弱点はあるのです。つまり最も重点から外れて見えるところに、隠れた重点があるということであります」
 新十郎は例になく奇妙な前説をつけ加えた。彼がこれほど力むのは、よほど犯人の手際に感服したからだろう。
「この事件の結び目をとく手がかりは、二ヶ所にあるのですが、まず第一には、女から車夫になり美男子に変じ、甚しい苦労を重ねてまでも中橋家へ行李を送らねばならなかったのはなぜであるか、ということです。曰く、殺された女がヒサであるということを分らせるため。曰く、殺された日時や場所が直ちに分ってもらいたいため。以上の理由にもとづくのです。犯人はヒサの両眼に一寸釘をうち、いかにも怨みの兇行らしく見せかけていますが、真に怨む者の兇行ならば、殺すことによって目的を達するわけで、ヒサがいつどこで殺されたかということは分ってもらいたくないことに相違なく、又、兇行の発覚が一日でもおそく、できることなら発覚されずにすましたいに相違ありません。中橋家へ行李を届けるために払った大苦心を、行李を隠すために用いるのが自然にきまっています。したがってヒサの眼に釘をうって怨みの兇行の如くに見せかけているのは、実は最もそうでないということ、そして、ヒサが殺されたことが一日も早く知られることが犯人の利益になること、これが即ち完璧の故に生じた弱点の一ツであります」
 新十郎は一息ついて、又、語りつづけた。
「以上の結び目がとければ、おのずから次のことが解けてきます。単に中橋家へ届けるだけなら、真砂町の別荘だけでよかった筈です。なぜ、さらに本邸へ運ばせようとしたか? これ即ち、男に変じ、女に変ずる手段によって一人物の男女に化けての犯行であると見せるため、これによって同一人物が男女二様に変装する故に役者に関係ありという結論が生じてきます。それ故
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