人は同じように死んでいます。そう苦しくもなかったように。殆ど抵抗した様子もなく。つまり、二人ともクロロホルムをかがされてから絞殺されているのです」
彼はすぐふりむいた。
「さて一夜、ゆっくり考えてみましょう。明日の午後、犯人を捉まえようではありませんか」
一同をうながして帰途についた。神楽坂へ戻りついて、門前で虎之介と別れるとき、ニッコリ笑って、ささやいた。
「音次がのせた女と、捨吉に用を云いつけた男は、たった一ツですが重要な点で類似しているのです。二人とも、カサばってはいるが、そう重くはないような包みを持っていたのです。では、おやすみ」
★
氷川の勝邸で海舟の前にかしこまっているのは云うまでもなく虎之介。太陽もあがらぬころから、勝邸の門があくのを待っていたという慌ただしい駈け込み訴えである。
日毎々々の報告を連日怠りなく講じておいたから、ちょうど読みきり講釈のデンで、ただ今最終回をつとめ終ったところ。まだ日はそう高くはない。奴め握り飯を腰にぶらさげてきて海舟の朝食に御相伴したらしく、彼のお膳の横には竹の皮がちらかっている。
海舟は食後の茶を味わい、再び砥石に水をしめしてナイフをといだ。静かにとぎ終って、薄い刃に吸いこまれるように眺めふけっていたが、チョイと蚊でも払うような軽さで小手を後にまわしたと思うと、後頭をきり、懐紙で血をふいた。それを数回くりかえしたが、やがて、おもむろに謎をといてきかせた。
「新十郎の説の如くに、この犯人はただ一人、共犯はないぜ。上野山下と広小路に出没した男女二人いずれも同じような大きな荷物を持っていたのが同一人の証拠だよ。この犯人は、夢之助さ。女剣劇の立役者、車夫にも美男子にも化けるのは自由自在というものだ。かほどの苦心を重ね術をつくして死体詰めの行李を運びだしたのは、殺した場所と時間を狂わせるため。又、犯人を男と見せかけるため。本郷を中心に行李が往復している如くに見せかけたのは、大方小山田の犯行と思わしめるコンタンでやったのだろう。かくの如くに術を施しおかなくちゃア、ヒサは夢之助の楽屋部屋で行方知れずなったのだから、まず第一に疑られるにきまってらアな。そこを見てのカラクリだ。夢之助は幼少より芸人の中に育ち、軽業手妻を見つけて育っているから、指先の捌きはコツをわきまえ、クロロホルムをあやつるぐらいは器用に
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