になりまして、牛沼雷象と申す武術達者な刑事を信者に化けさせて放ちましてございます。この者は当年三十歳、手前方の道場に師範代をつとめましたる第一の高弟にござります」
「それでは頭がわるかろう。密偵というものは、なまじ腕に覚えがあると出来る辛抱も破れがちなものさ。カケコミ教はそんなにイノチガケのところかえ」
虎之介はギョッと海舟の目をよんだが、何食わぬ顔で話をつづけた。
「二三ヶ月たちますると、雷象の様が変りまして、上司に報告をだすどころか、カケコミ教の礼讃、宣伝、説教を致すように相成りました。手前どもの道場に於きましても、怪しき経文を唱えて踊り狂い、説教など致しまして、ほとほと困却いたしましてござります。やがて刑事はクビとなり、目下カケコミ教の風呂の釜焚きをいたしておるそうでございます」
海舟も笑った。
「虎も釜焚きにされるから、カケコミ教には近づかない方がいいぜ。西洋の諺にミイラとりがミイラになるというが、虎には似合いの戒めだから、覚えておくがいいや。豪傑には頭の仕事は不向きなものだ。昔は武官が国政をやったから、国が大そう荒れたのさ。探偵なども、推理の頭とふんじばる豪傑はそれぞれ違った人がやるべきことだ。虎は捕方にまわる方が無難だぜ」
「探偵は馴れでござる。武術に於ても錬磨、馴れということを古人は第一に戒めてござった」
虎之介は目をむいて唸ったが、直ちに目をとじて長々と気息をととのえ、再び静々と語りはじめた。
「あらたに牧田と申す密偵を放ちましたが、雷象の顔見知りでは不都合が起りますから、にわかに人選して採用いたした未経験者でござるが、書生あがり、小才の利いた文弱な若造でございます。彼が密偵に入ってすでに半年、なんらの見るべき成果もあがらぬうちに、三度目の怪事件が出来いたしてござります。月田銀行の頭取、月田全作の夫人まち子がカケコミ教会よりの帰るさに、ノド笛をかみとられ、腹をさかれ肝をぬかれて殺害されておりました。すでに捜査に四日目になりますが、知れば知るほどカケコミ教は奇怪事にみち、魔人魔獣跳梁し、まさしく人力を絶した不可思議が現実に行われておりまする。魔人は居ながらにして、魔獣を使い、道ゆくまち子のノド笛を食いとり、腹をさき肝をぬくものと思量いたすが、魔人の怪力は地をくぐり天を走り、人力未到の境地に至っておりますから、にわかに魔獣を使っての犯行と決しかねる
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