乗馬で走らないことに相場がきまっていたが、お梨江は常識の友だちではない。乗馬が面白そうだから、我慢ができなくて、こんな面白いものはないと大よろこびで、道行く人に睨みつけられても平チャラなのである。良識ある新十郎は馬をもちこまれてこまったが、お梨江の言葉であってみると、どういうわけだか、彼はイヤと云えないのである。
一同勢揃いしてイザ出発となるとむくれたのは虎之介。馬にのれない訳ではないが、自分だけ着物の着流しだからグアイが悪い。けれども胸に畳みこんだ大推理があるから、ここは我慢のしどころと一時をしのんでいる。
大そう生気のない老巡査を先頭に立てて、異様な五騎が通るから、驚いたのは町の人々。
「オイ、見ろよ。妙なのが通るぜ。曲馬団の町廻りかなア。茶リネの向うを張って、日本曲馬をやろうてえんだなア。鼻ヒゲをひねっているのが勧進元だね。太夫《たゆう》と女芸人は水際立っているねえ。こいつァ茶リネもかなわねえや。あの大男は何だろう? あれも日本の生れかねえ? ダラシがねえなア。ハハア。わかりましたよ。こいつァ趣向だねえ。日本の内地じゃア猛獣が間に合わねえや。あいつが虎の皮をかぶるんだよ。火の輪をくぐるのがアイツだよ。するてえと、あれも主役だ。虎が人間の素顔で町をねるてえ趣向が新奇だねえ」
人形町へ到着すると、すでに警察の一行は留置した芳男をひったてて川木へあつまり、新十郎を待っている。加助の顔も見える。
藤兵衛の死体は白木の棺におさまって安置されている。アヤは病身をおして父の死顔に一目挨拶にと来たものの、ムリがたたったところへ、父の非業の姿を見て、ウーンと気を失ってしまった。そのまま高熱をだして、一室にねこんでいる。新十郎は木戸を下させて、関係者一同を集めた。高手小手にいましめられている芳男の縄をとかせて、
「一晩つらかったろう。お前が永年世話をうけた叔父藤兵衛によく仕えて、かりそめにもお槙と事を起すようなことがなければ、こんな事件は起りはしなかったのだ。それを思えば、警察署の一夜などは罪ほろぼしのタシにもならないのだよ」
こうきつくたしなめて、
「さて、お前にきくが、藤兵衛の死体のかたえから拾ったタバコ入れはどうした?」
「大川へすててしまいました」
「お前はいつもタバコ入れを腰にさしているのかえ」
「いつもということはありません。店に働いている時などは腰にさして
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