とんでもない!」
 芳男ははじかれたように否定して、蒼ざめ果ててガタガタふるえたが、やがて冷静をとりもどしたらしい。
「そうとられても仕方がありませんが、私はもう胸がいっぱいで、無我夢中になって何も分りませんでした。勘当をゆるして下さいとたのむには、お槙と一しょではグアイがわるうございます。女はそうなると意地がわるうございますから、勘当が許されないように、差出口をするに相違ありません。そこで、お槙のねているうちに勘当をゆるしてもらって、お槙がオンでてしまうまで素知らぬフリをして身を隠していようなどと、そんなことが気がかりでしたから、ただもう一刻も早く叔父にあやまりたい一心で夢中だったのでございます。カケガネを爪楊枝で外したのはたしかに非常識ですが、そんなことには気がつかなかったぐらい夢心地で早く叔父にあやまりたい一心でした。決して私が下手人ではありません。私の申上げたことは、そっくり掛け値なしの真実でございます」
「それでは、もう一つきくが、お前は加助が藤兵衛によびよせられたことを知っているかえ」
「それは存じております。叔父が私どもに、私とお槙とにでございますが、こう申しきかせました。加助をよびむかえて働いてもらうことにきまったから、お前たちや修作をオンだしても商売にはなんの差し支えもない。お前たちは今夜のうちにどこへでも立ち去ってしまえ、そして修作はどうした、よんでこいと云いますから、今晩は休んで縁日へ参っておりますと答えますと、そんなら仕方がない、修作は明朝オンだすことにするが、お前たちは今夜のうちにさッさと荷造りして立ち去るがよい。姦夫姦婦が日中立ち去るのは人に笑われて、お前たちのツラの皮でも気がひけよう。明日のヒルから加助が来てくれるから、と、いかにも私たちの居なくなるのを痛くも痒くもないような云い方でした」
「お前は死体をみて土蔵をとびだしてから、どこをどうしていたのだえ」
「なんだか自分が犯人だと思われそうな気がして、居ても立ってもいられません。知ったところへ行くと追手がくるような気がしましたから、ナジミのない洲崎へ行って一晩遊びましたが、大阪の知人をたよって、しばらく身を隠そうと思い、わざと品川へ行って汽車を待っていたのでございます」
「イヤ、御苦労であった。今晩は留置場でゆっくり休むがよい」
「いえ、私は犯人ではございません」
 芳男は狂気のように
前へ 次へ
全26ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング