すから、血のつづいた芳男さんに嫁をもたせて、当家を相続させようという結構なお話でした」
「それは結構な話だったね、それから、どんな話があったかえ」
「いえ、それだけでございます」
「それにしては、奇妙なことがあるものだ。この三行り半は藤兵衛がお前にあてたものに相違ないが、日附もチャンと昨日のことになっているよ」
お槙は顔色を変えて、
「そんなものを、いったい、どこから探しだしたのですか」
「お前の部屋のクズ入れの中からさ」
お槙は涙を指でおさえて、泣いた。
「私はあわれな女でございます。ずいぶん旦那にはつくしたつもりですし、旦那も私を信じて可愛がって下さいました。ですが、花柳地で育った女というものは、とかく堅気のウチでは毛ぎらいされるものと見えます。あらぬ噂をたてて人をおとしいれようとなさる方もあれば、どなたかは存じませんが、こんなひどい物を私の部屋へすてておいて、さもさも私が旦那から離縁された宿なし女のように計って見せる人もあります。こんなにされては立つ瀬がありませんが、いったい、誰がこんなヒドイことをするんでしょうねえ」
「当家にそんなことのできそうな大人は、芳男と修作の二人だけだね」
「いいえ、当家の人とは限りません。外から忍んでくることもできますし、人を使って、させることもできます」
「しかし、お前は土蔵から出てくると、台所へでかけて、一升徳利から冷酒をついで、六七合も呷ったそうではないか。そして、土蔵の二階の旦那のところへ押しかけて、十分か二十分ぐらいも、ごてついていたそうではないか」
「それは私はお酒のみですから、寝酒に冷酒をひッかけるようなことも致します。別に旦那に腹の立つことがある筈はございませんが、酔ったまぎれに旦那の居間へ遊びにでかけただけのことでございます。けれども旦那は、もうカギをかけて、お寝みでしたよ。私も酔ってるものですから、戸をたたいたりして、旦那をよんでいますと、芳男さんが来て、寝んでいらッしゃるのに、そんな乱暴をしてはいけないと云って、とめて下さいましたよ。それで中へはいらずに、お部屋へ戻って、ねてしまったんです」
あゝ云えばこう云うという口では千軍万馬の強者《つわもの》と見てとったから、お槙に向って真ッ正面から何をきいたところで埒はあかない。遁れられない確証があがっても、なんとか口上をのべたてて、決して恐れ入りました、とは云
前へ
次へ
全26ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング